■身心快楽(40)
●６月９日(火) うす曇り、雨降らず
昼休み、喫茶店のドアの庇を見たら
きのう３羽だったはずのツバメのヒナは４羽いた。
ヒナは三角のくちばしを上にむけ、
茶色のよだれ掛けをしたみたいな喉元を
４羽並んで、ひくひくさせていた。
きのう神戸駅から北の方の山にあった、モクモクとした白い雲が消えてしまい、
水彩画のような淡い水色の空が、今日は、どこもかしこも
薄く灰色がかった乳白色のぼやけた空になっていた。
それでも、日中雨は降らず、じとじともせず
終日、うす曇りだった。
先週の水曜日から始まった、１階スーパーの空調機とクーリングタワーの
防音壁へのサビ止め塗装工事はきょう終わった。
あしたは、年１回の定期健康診断。
問診表の「前回とくらべ体重は？ 増えた、痩せた」は
「まえと同じ」に○をつけた。
●「富士日記」昭和四十五年
ガソリンスタンドのおばさんの話は、そのあと「きじ料理屋」の話へと続く。
七・八月、拾遺��
▼七月二十八日 （続）
・・・・
私がきじ料理屋の話をすると、「あのきじ料理屋は宿屋だったが
場所がわるくて、ほかの宿屋がどんどん出来はじめて客をとられるので、
考えてきじ料理の店にした」のだと言う。
おばさんは急に思い出したらしく、「テレビの『細腕繁盛記』は面白いね。
出ている人がみんなうまいね。いろいろ考えて商売してるっちゅうところが
いい。『信子とおばあさん』よりこの辺では人気がある。信子はつまらなかったねえ。
何のこともなかったねえ。細腕は面白い。みんなあんな風にして
商売してるんだ。みんなあれとそっくりだ。商売してるもんはいろいろ考えに
考えてやってるが、なかなかうまくいかねえな」と、しんみりとして
一人でうなづいていた。
●話を聞いているこちらも、しんみりとしてくる。
しかし、どこか可笑しい。
そして、話はこの店で手伝いをしているノブさんのことになる。
ノブさんとは、ここのスタンドのおじさんの甥にあたる人で、百合子さんの車を
直したりして、上巻から出てくる人物である。
ノブさんは軽油を満載した車を運転して出ていっては、戻ってくる。
その合間にパンクタイヤを直したり、観光バスが入ってくると給油している間に
車の窓の下からぶどう液の一升瓶を宣伝して売っている。
「冷蔵庫に入れておけばうまいよ。砂糖を入れて薄めて飲んでもうまい。
酔払わないよ。ぶどう液だから。運転しても大丈夫。ほかのところで売っているのは
まぜものがしてある。これは勝沼の――ほれ、ここにちゃんと書いてあるら
――ここから山を越してすぐのぶどうの産地から持ってきたで、
特別製だ。重くて困る人には四合入りのもある。冷蔵庫に入れれば、うんと永く
もつよ」と、いつものように低い静かな口調ですすめ乍ら、盃位の小さなコップに
葡萄液の見本をついでは窓からのませている。一本か二本売れたらしい。
●なんとも見事な売り込みではないか。
冷やせばうまい。砂糖を入れれば薄めて飲んでもうまい。
酔わないし、運転もできる。まぜものの混入もない、正真正銘の勝沼産。
しかも特別製。重い人には「四合入り」もある。いま買っても保存もきく。
まるで万人にお勧めの「万能商品」であるかのようだ。
そして、「盃くらい」の小さなコップで、「窓の下から飲ませ」もする。
そして、一本か二本売れたのだ。
この甥のノブさんについて、おばさんは、こんなことを言う。
「ノブさんは子供が二人になった。豚だけじゃ、なかなか食えねえっちゅう
わけ。車やガソリンの方なら急の値下がりもなし安定しているから、
豚の方は夫婦者を雇って任せてここにきてるっちゅうわけ。
ノブさんは車にくわしいし、よく働くからうちもたすかるねえ。
ノブさんはいまでも酒をうんとのむから酒代もかかる。商売してるもんは、
いい考えを考えなくっちゃあなんねえからなあ。酒をのむといい考えが
湧くっちゅうわけ」と、おばさんは言った。
●きのう、たまたまＴＶを見ていたら、
島田紳助の「深イイ話」というのをやっていた。
このごろでは、「深イイ話」と言ったほうが
なんか、オシャレな感じなんだろう。
上巻にすぐ登場してくる「外川さん」はじめ、「富士日記」に出てくる村人は
みんな「深イイ話」の持ち主である。
そして、村人の話を書きとめるよう指示した泰淳の慧眼は
前に書いたとおりである。
しかし、「深イイ話」をどのように聞き、どのような所をもって「深イイ」とするか、
それは、人はどこで立ち止まり、何に目をやるか、という問題でもある。
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