■身心快楽(36)
●6月7日(日) うす曇り、時々晴れ 夕方から風出る
今朝は団地の掃除の日だった。
すっかり忘れていたが、早く眼が覚めたので遅れることはなかった。
私はだいたい棟の南のベランダに面した植栽あたりを、いつも当番のように
落葉をかき集めたり、草むしりをしたりする。
ペンペン草のような茎の細い雑草が20センチくらいの高さまで伸び
毎年、背丈が短くなっている紫陽花がより小さく見える。
でも、今年は雨もあまり降らないのに、例年より紫陽花の紫が濃いように思う。
植込みの皐月の緑に映えてきれいだ。
誰が植えたのか、それとも自然に生えたのか、松葉ボタンも勝手に咲いた。
●出勤の妻といっしょに下までおりて、駅の売店でタバコを買おうとしたら
売店は昼休みでシャッターを降ろしていた。
しかたないから、広畑橋の手前のコンビニまで行ってハイライト2個買った。
コンビニの近くの交差点で信号待ちしているとき、ぐるっと首を回転させ
空を見上げた。
そこからは360度、空が見えた。
朝はうす曇りだったのに、陽が射しだして、わき立つような白い雲は夏の雲だった。
家に帰ると、部屋の中は
開け放って出た窓から風が吹き抜け、白いレースのカーテンが
誰もいない部屋でゆったりと揺れていた。
●「富士日記」昭和四十五年
昭和45年の6月は、
▼六月三十日(火) くもりのち雨
うぐいすはもう山奥へ帰ったのかと思っていたら、今日はよく啼いている。
朝 ごはん、生鮭バター焼、かぶ味噌汁、佃煮、海苔。
午前中、主人と草をむしる。
・・・・
夜 ごはん(豚茶漬)、畑のコンフリーをおひたしにした。うまくも
まずくもない。
夜も雨はしとしと降り続く。
今日はうぐいすばかり啼いていた。雨の中でも啼いていた。
もうじき山へ入ってしまうからだろうか。
で、終わって「日記」は七月に入る。
7月以降、7月5日〜6日、7月18日〜8月13日に山に行っている。
7月から8月にかけて一ヶ月ほどの長逗留になっていて、「日記」に
「明日、東京に帰る」というような文字は見えないけれど、途中一旦
東京にもどることがあったかもしれない。
夏休みで花子さんも8月から山に来ており、忙しくなったのか、8月の日記は
ごく簡単な記述になっている。
まあ、「世話のやける日々」だったのだろう。
しかし、大岡昇平夫婦との交流や、村人との会話など、長い記述の部分もある。
また、そこから拾っていこうと思う。
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