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2009年06月02日22:25

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●うみうし独語(349)/■身心快楽(25)

■身心快楽(25)

 ●6月2日(火) 晴れのち曇り

  朝、「冷や汁」だった。
  「冷や汁」は私の大好物。

  私の家では「薩摩汁」と呼んでいたが、
  「冷や汁」は宮崎の郷土料理といわれている。

  うちでは、アジを焼き小骨をとって身をすり鉢ですり下ろし、
  味噌をだし汁でといて、これを、すり鉢ですりおろしてほぐれたアジの身に
  注ぐ。そして冷蔵庫で冷やして、薄く刻んだキュウリと青じその刻んだのを
  トッピングして、あったかいご飯にかけて食べる。


  私があんまり食わないものだから、
  朝から「冷や汁」が出た。

  この際と思い、いっぱい作ったためか
  すり鉢の中には、アジのすり身が圧倒的に多い。
  ご飯にかけても、汁が少ない。

  「そんなことあんたに言われんとも、わかっとる!」と反撃されるのを承知で、

  「ちょっと汁が少ないんだけど・・・」と言うと、
  すり鉢から、お玉で汁ばかりを掬って茶碗にかけてくれた。


  「お水で薄めればいいもんじゃないのよ。だし汁を取って味噌をといて
   冷やして、それを足さんといかんのよ、あんた、わかっとる!」
  と言われた。


  冷や汁を茶碗一杯食べたら、げっぷが出た。
  おいしかった。


  「たったそれだけで・・」と言われたのだが、
  私はもう胸いっぱい、腹いっぱいだった。




 ●「富士日記」 昭和四十五年五月

  翌五月四日は、隣の別荘を住み込みで管理している老夫婦の
  「隣のおじいさん」との会話を書いている。


   ▼五月四日  やや晴れ
    連休の天気予報は外れて、今日も雨ではない。ときどき陽がさす。
    台所の窓の前の富士桜、かんざしのような形に花をひらく。

    ダンガンの中にゴミを入れて燃やしていると、隣のおじいさんが垣根の向こう
    から、「奥様。今日は何をしておいでになります?」と改まった言葉つきで
    声をかけた。
    「今日はゴミを燃やしております。おじいさんは何をしていらっしゃいます?」
    と私も改まって答えると、「タンポポの苗を植木屋からもらったので
    植えております。来年は綿毛になって、奥さまのお庭にも飛んで行って
    わけて差し上げることになりますです」「それはありがとう」
    「来年のことでしたら、このタンポポの方がたしかでございます。私の方は
    この世にいないかもしれませんでございます」「では今年のうちにお礼して
    おきましょう」。

    おじいさんは本当は八十近いのだそうだ。少し若く言って留守番の仕事に
    就いているのだから黙っていてほしい、と小さな声で言う。



 ●「ダンガン」というのは、灯油缶を切ってゴミ焼き用に加工したもので、
  このおじさんが教えてくれたものである。

  百合子さんのとぼけた感じが伝わってくる。
  また、このおじいさんというのも、ちょっとヘンなのである。
  とても親切にしてくれるが、連れ合いのおばあさんとはよく口喧嘩するようである。
  

  きのうの「日記」は書けても、あしたの「日記」は書けない。
  しかし「富士日記」では、あたかも「今日の日記」が「明日の日記」の予告編で
  あるかのように、明日のことをすでに承知で書いている風がある。

  「では今年のうちにお礼しておきましょう」と、ふざけて言っているのが
  いま読むとしみじみする。


 ●おじいさんと話したあと、百合子さんは去年の春、管理所の人に秘密に
  教えてもらった山椒の木のある林に行ってみる。


    二本あった山椒は二本とも掘られて大きな穴があいていた。
    このまわりは山椒の匂いがたちこめていたのに。

    ひとまわり歩いて帰って来ると、車のところに、さっきまではなかったのに、
    小鳥が仰向けにひっくり返ってもがいている。
    片方の肢をつっぱって、もう片方の肢は折ってちぢこめている。
    ひっくり返してやっても片方の肢がつっぱったきりなので、バランスがとれず、
    すぐに仰向けになってしまう。脚の関節が折れているのだろうか。

    うぐいす色をしているが、うぐいすより少し大きい。
    麦わら帽子の中に入れて持って帰る。ラードとすり餌を竹串の先につけ
    口へもっていくと、喰いついて食べる。
    何度か食べさせていると元気になって、眼をあけてピッピッと啼くように
    なる。肢をしきりに動かして腹這いになろうとしている。

    夜 ごはん、東坡肉、白菜とアスパラガスとカリフラワーとにんじんなどの
    スープ煮。
    主人の下痢とまり、すっかり元気になる。一日中眠ってタバコ、ビールを
    飲まないでいた。東坡肉はおいしいという。スープ煮もおいしいという。

    ごはんが終わってから、熱い湯で主人の体を拭く。脚も拭く。
    脚の指も拭く。
    明朝帰ることとなる。

    夜、又鳥に餌をやる。とても残忍なことをしている気持。いい気持。
    鳥は時々、丸い黒い光った目をあける。



 ●そして、翌日

  
   ▼五月五日
    前五時半に起きる。
    鳥は麦わら帽子の中で死んでいた。棄てる。




 ●「五月五日」の日記を私は2行の分かち書きにしたが、「本」では
  たった1行で全文の日記である。

  どんな感想を抱かれただろうか。

  鳥に餌をやる。
  とても残忍なことをしている気持。
  いい気持。


  東坡肉はおいしいという。
  スープ煮もおいしいという。

  主人の体を拭く。
  脚も拭く。足の指も拭く。


  おそらく、きっと、これは対になっているのだと私は思う。


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