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2009年06月02日02:04

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●うみうし独語(348)/■身心快楽(24)

■身心快楽(24)
 
 ●6月1日(月)  晴、うす曇り

  きょうはうちの奥さんも「あらっ、高原の朝じゃない?」と言うほどの
  爽やかな風が吹いていた。

  ここに引っ越してきて、もう26年になる。
  引っ越してきた当初は、まだ造成した山の赤土がむきだしになってる
  建設中の団地があったりして、うちの傍の公園の木々も細い若木だった。

  新たに植えられた樹木は大きくなったが、もともと
  ここは横尾山の山裾だったところ。
  景観や地形さえ人の手で勝手に変えられてしまっても
  もとの「山」のなごりを、ときおり感じさせてくれる。



 ●「富士日記」 昭和四十五年五月

  5月1日に東京にもどったあと、次は5月3日にまた「山」に行った。
  この頃は、ほぼ1週間のうち半分を富士山の「武田山荘」で暮らしている。

  「日記」を見ると、5月は

    ・5/3 〜 5/5
    ・5/14 〜 5/17
    ・5/26 〜 5/28

  と三回行っている。


  泰淳も、そして百合子さんも、山での暮らしを楽しみにしていた。
  都合さえつけば、東京・赤坂のアパートから、二時間半から三時間かけて車で
  やってきた。もちろん運転するのは百合子さんであるが・・。


   ▼五月三日(日) うすぐもり
    前六時東京を出る。
    花の苗を昨夜買い、車に積んだままだ。今日は雨が降ろうが風が吹こうが、
    山へ出かけて植えつけてしまわなくては。金盞花、芝桜、松葉ボタン。

    中央道の沿線は葉桜となった。新緑の芽は銀緑色、緑黄色、うすえんじ色、
    銀灰色。樹によって濃く淡く芽吹きの色がちがいながら、山や沢を掩って
    汗ばむように煙っている。鯉のぼりがあがっている。矢車がキラキラ光る。



 ●百合子さんは、毎年、同じところで同じように咲いている花々や、景色をみる。
  同じ所に咲くこぶしを見れば、『こぶしの花が咲いていた』と同じことを
  毎年書いている、という。

  確かに、同じところで同じものに視線がおよぶ。
  が、決して、同じものを同じようには書いてはいない。

  一年前の「五月二日」は、鯉のぼりをこう書いている。
  ・http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1162506802&owner_id=1040600&org_id=1157117243

  そのことは、新緑の芽を銀緑色、緑黄色、うすえんじ色、銀灰色とあらわす。




    談合坂で給油。不凍液をぬく。
    八時半に着く。雨のこないうちに苗を植えてしまう。畑の大根、かぶ、
    芽を出している。

    十時半から私は昼寝。しんしんと眠り呆けて二時半ごろ起きる。
    昨夜二時半まで、新しく作った書庫に本を背負っては運んだので眠たかった。
    夜十二時ごろ本を背負って歩いていると、「どちらへ行かれます?
    何を運んでおられます?」と、お巡りさんによびとめられた。
    花子も私も大風呂敷に本を包んで背負った恰好だった。

    私の眠っている間に、主人はまた色硝子に貼る切り紙絵を描いて待っていた。
    今度は、玉乗り女と、落下傘をつけた少女を自分で切り抜いて待っていた。
    糊をつけて梯子をかけて、硝子に貼る。

    パンと牛乳で私は遅い昼食。今度は代わって主人が昼寝。
    その間、私だけ富士桜を見に散歩。
    村有林の中でしきりにうぐいすが啼いている。私の目の前を兎がゆっくり
    跳ねてゆき、やがて林の中に消える。

    夕方、桜は花を下にむけて少しつぼむ。夕日がさして、スタンドの笠を赤く
    染めて玉乗り女の影絵が浮かぶ。私は主人を起こしにゆく。
    主人起きてきてスタンドの影絵を見て「俺の考え、どんなもんだ。
    百合子はバカだからこういう風になるまで判らない」と得意になった。
    そしてまた寝室に上がっていってねた。夕食を食べないで夜まで眠り続けて
    いる。
    今日、談合坂で給油しているとき、長い間便所に行って出てこなかったのは、
    ひどい下痢をしていたからだそうだ。ビールとタバコの飲み過ぎだから
    眠れば治るという。


    星は見えないが、濃いインク色の空だ。
    予報のように雨が降ってくるとは思えない。おっとりとした、風のない春の
    夜だ。今年も戸袋に四十雀が巣をかけはじめた。

    つぎつぎに梅の花が咲いてゆく。うす桃色の梅だ。深沢さんに、梅が咲いたと
    葉書に書く。



 ●これが、五月一回目の「山行き」初日の全文である。

  長編小説のように読めると同時に、どこからでも読める
  独立した「五月三日」になっている。


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