■日を失う
●学生時代だったか、勤めだしてからだったか、
また、どんな事件だったか、なぜそうなったのか、
それもわからない。
ただ、「日を失う」という感覚だけは残っている。
夢のように、私はうとうとしていた。
病気といえば、病気のようだったが、しかし、学校に行くなり、
仕事に行くなり、もし、しようと思えばできた。
しかし、私は布団の中にいた。
布団の中で、「ずる休み」をしている、自分のある部分に気づいて
いた。
思い切って、起き上がれば、布団から出られないことはない。
しかし、生暖かい布団に、居心地の悪さを感じながら、ずるずると
とどまっていた。
あれは、何のときだったのだろう。
●そのとき、私は思った。「日を失う」という、途方もない深みに
落ちていく自分のことを。
それは、時間をムダにしている、一日を有効に使っていない、
という「ロス」に対する贖罪の念ともちがっていた。
きょうという日は二度とやってこない、という意識でもない。
時は流れるもので、「今」はこの瞬間しかない、という意識でも
ない。
それは、ダリの絵だったか、砂漠のサボテンか何かに掛けられた
ベロンとした「時計」のように、「時間」そのものが溶解していく
ような感覚だった。
●「日を失う」、それは「時間を失う」と言ってもいいような
奈落の底にゆっくり引きずり込まれていくような感じだった。
私はだらしなく、それに抵抗することもなく、不安を感じながら、
ずるずると深みにはまっていくのを知りつつ、布団の中にいた。
●さぼった勉学や仕事、あるいは、失った日々や時間も、もし、それが
そのときにやるべき何かをしなかった、ということなら、それは
「失ったもの」を取り返すことができる。「ロス」は「ロス」として
それをカバーし、失った日々や時間はたとえもどらなくても、
それを補填することはできる。
しかし、うとうとと布団の中で寝ていて起き上がらない私は
「時間」そのもの、「日」そのものを失い、時間や、朝・昼・夜の
ある「日を失う」意識に陥った。
●どうしてだろう。こんなことを書くなんて。
さっきまで寝てて、のこのこ起きてきて、ぜんぜん別のことを
書こうとしていたのに、書きはじめたら、こんなものを書いてしまった。
私はふと、私の残された日々、そんなことを思い、それと
急に思い出した過去の「ある感覚」と対比したのかもしれない。
時間の失われた世界、日付のない世界を想像してみよう。
それは、精神病理の世界の「深い闇」に落ち込んでいくようだ。
私は、あのとき、うとうとしながら、布団から起き出さないで
そんな「深い闇」の淵に立っていたのかもしれない。
のこのこ起き出してきて、いま、そんなことを思い出している。
のこのこでもいい。起き上がってくる。現実を手放さない。
もし、あのまま、ずるずると布団の中にいたら、どうなって
いたのだろう。
「深い闇」の中で、起き出さず、「日を失った」まま、ずるずると
現実から遠ざかっていく。
痴呆とは、そんな世界に入っていくことなのかもしれない。
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