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2006年03月23日18:25

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●朧霞抄 ( 6)/■補導

■「語りかけない時代」

 ●きのう、帰りがけのこと。
  服を着替え終わって、部屋を出ようとすると、
  この横にある防災センターから、声高に話している人の声がする。


  鍵を閉めた管理事務所のドアを、ドンドンと誰かがたたいている。

  あぁ、早く帰らないから、これだ。

  定時の退出時間をもう30分以上も過ぎ、帰り遅れたことを
  後悔しながら、消した部屋の灯りをつけ、さっき施錠したばかりの
  玄関の扉の鍵をあける。



 ●防災センターの警備員と、このマンションに住んでいる40代の
  男性が小さな男の子の襟首をつかまえて立っていた。

  「小さな」といっても、孫と同じくらいの年恰好で、中学生か。



  「もう、きょうは許さんから。ちゃんとカメラにも映っているし
   お前らがエア・ガン撃ったのは、はっきりしとる。もう逃げられヘン」

  きょう当番の警備員は、かなり興奮して男の子に怒鳴っている。


  「こりゃ、もう警察に突き出すしかないナー」と住民の男性も
  鼻息が荒い。


 ●もう数週間も前から、中学生のグループがこのマンションの敷地や
  建物に入り込んで「いたずら」を繰り返していた。


  いつだったか、彼らは敷地内の広場でサッカーボールを蹴りあい
  ふざけていたが、それを広場で幼児を遊ばせていた若い婦人が
  「危険」だから注意し、やめるように制止した。でも、聞かなかった。

  注意すると、よけい面白がって、ボールを激しく蹴り、
  ほかの幼児にでもあたったら大変だし、蹴ったボールが植栽に
  入ったりして植え込みも荒らされている、といった内容の連絡が
  防災センターにあった。それを、防災センターの警備員が注意しに
  行ったのがことの始まりらしい。



 ●私たち管理人の執務時間は朝9:00から夕方5:00まで。
  その時間を過ぎると、防災センターの警備員室に事務は引き継が
  れる。


  数週間前のその出来事は、私たちが帰った後におきた。中学生と
  そのとき注意した警備員との間で、どんなやり取りがあったか、
  それはわからない。


  しかし、そのあと、防災センターの警備員と中学生グループの
  攻防がはじまった。


  防災センターの入り口のブザーが鳴る。
  警備員が席を立ち、ドアを開ける。
  すると、中学生グループは、わっーと叫んで
  砂や石を投げ込んで逃げる。
  警備員は追いかけ、捕まえようとする。

  しかし、少年たちはパッと散って、捕まることはなかった。

  そして、また同じことを、数日おいて少年たちはした。
  警備員はからかわれていることに立腹していた。

  こんな「攻防」が何度かあった。



 ●攻防が始まる前にも、そのグループかどうかはっきりしないが、
  夕方、暗くなっても、中学生のグループが広場や建物のエントランスで
  たむろしている姿が見受けられた。そのことは、防災センターや
  管理事務所に、「通行の邪魔になる」「気味が悪い」といった住民の
  苦情として寄せられていた。

  また、エントランスのぶ厚いガラスが、エア・ガンのようなもので
  割られる事件もあった。


 ●監視カメラで見られていることは、中学生も知っている。
  それで、エレベーター内でしゃがみこんだり、車座になったり
  防災センターに映るモニター画面に、「挑発」もしたらしい。

  エスカレートしはじめたのは、この2、3週間前あたりからだ。
  エア・ガンの玉が散乱しているという苦情が寄せられた。
  マンションの住戸の玄関めがけて、エア・ガンを撃っている
  という電話もかかってきた。

  いつも、私たちが帰ってからのできごとだ。



 ●そして、きょう、そのグループの一人が住民に捕まった。
  その家の住戸の玄関ドアにエア・ガンを発射し、ちょうど
  出かけるところだったその家の主人に捕まった。

  「ドアを開けたら、いきなりエア・ガンを撃たれ、びっくりして
   見たら中学生が5、6人おり、こらっ、といったら逃げるので
   追いかけて一人捕まえた」


  捕まえられた少年は、まだ頬っぺたが赤く、幼く見えた。



  「ぼく、何したン?」
  「ぼくは、してません」


  「どこの中学校?」
  「○○中」
  「何年生?」
  「1年」

  「名前はなんちゅうの?」
  「○○○○」


 ●私はメモを彼の前にだし、書いてもらった。
  ていねいに書いていた。

  家の電話番号と保護者の名前も書いてもらった。

  住所はこのマンションでなく、となりのマンションだった。


  「エア・ガン、撃ったの?」
  「ぼくは撃ってません」
  「誰かが撃ったの?」
  「わかりません」


  警備員は、「もう警察に通報してもいいから。あと頼んだヨ」と
  仕事があるので防災センターにもどった。

  この子を捕まえた当事者の男性に、前後の事情を聞こうと思ったが
  もういなかった。


 ●私はこんな経験は、はじめてである。

  広い管理事務所の、カウンターのところの天井の蛍光灯だけが明るい。
  暖房を切った部屋の中はすこし冷えてきていた。

  少年とふたり、取り残されたようにカウンターを挟んで立っていた。


  「家に誰かいる? お父さんか、お母さんか?」
  「わかりません」

  私は一通りのことを聞いて、このまま帰そうかと思ったが、
  念のため、家に電話してみた。

  すると母親がいて、私は事情を話した。そして、ご足労だが
  お子さんを預かっているので、すぐ来てほしい旨、伝えた。



 ●「うちの子に限って」とか、「いま行かれない」とか、
  そんな答えが返ってきたら、どうしょうと思っていたが、
  母親はすぐ来た。となりのマンションだから5分とかからない。


  「すみません。どうもご迷惑をおかけしました」


  「お宅のお子さんはやってないようなんですが、
   グループの誰かがエア・ガンを住民の方の玄関に撃ったようです」

  「今回が初めてでなく、今までも何回かあったようです。
   友達がこのマンションにいるらしいのですが、数人の
  グループでこれまでも防災センターにいたずらしたりして、
  苦情がきています」


  私は概要を話し、もう今後はしないように諭して、母親にこの子を
  渡そうとしていた。


 ●しかし、いつの間にかいなくなったあの被害者の男性が通報して
  いたのだ。

  白いレインコートを来た警官が三人、警備員に案内されて
  管理事務所に入ってきた。

  「この子ですか」

  そう年長の警官が、警備員と私に聞いた。

  「あぁ、だいたい聞いてもらったのですね」
  「あとは本署のほうで聞きます」

  警官はカウンターのメモを見てそう言って、警備員と話したり、
  母親と話したり、また、本署と無線でやり取りしたりしていた。


  本署もここから歩いて5、6分にところにある。
  母親はいったん家に帰って、署に行くと言っていた。


 ●おとなしく立っている少年に言った。

  「大人をここまで怒らしたらあかんナー」
  「わかっとるやろ」

  髪がボサボサに伸びた頭を軽くたたいて、

  「これでおしまいにせんとナー」

  と、言った。少年は頷くでもなく、そのまま警官と一緒に警察に
  向かった。


  事務所の外の道端に、傘をさした少年が二人いた。

  母親が、「あの子たちもいっしょです」と言った。


 ●警官と母親と少年は事務所から出て行き、私は玄関の鍵を閉めた。

  窓ガラス越しに見ていたら、雨の中、その二人の少年も警官の後を
  いっしょに本署のほうに向かって歩いて行くのが見えた。



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