イケおじくっきり二重斉藤一の50代こりゃ青年頃はイケメン
父は、明石藩足軽だったが江戸に出て御家人株を買った。山口一という名で御家人の子として生まれた。19歳時にちょっとした諍いで旗本を斬り、斎藤一と改名して京都へ。其処へ壬生浪士組として近藤達が来る。
近藤から分派運動をした伊東甲子太郎に対して密偵として御陵衛士組に入る。山口二郎と改名し、改めて新撰組入隊。
近藤が流山で捕縛後斬られ、土方は宇都宮の戦いで負傷して仙台へ逃亡
新撰組隊長に就く。会津へ援軍明治二年になり会津藩28万石は下北斗南藩3万石減封そこで会津藩重役の娘と結婚。明治九年改名藤田五郎として東京市で警部補として就職。明治十年西南戦争に新政府軍として活躍、後年その軍功で勲七等。戦争後、東京師範学校守衛として勤め、東京女子師範学校事務員として勤め、72歳で死去、会津阿弥陀寺に埋葬するよう遺言。
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