会期最終日に三菱一号館美術館へ16時近くに入場して、閉館時刻18:00に出てきました。
師匠国芳の二人の評は「芳幾は器用だが、覇気がない。芳年は覇気はあるが不器用だ。芳幾に覇気が加われば当代随一の絵描になろう」結果は芳年(弟弟子)の方がネームバリューが高い。
芳幾『太平記英勇伝九十四 湯浅吾助』1867…誰?私もこの絵を見るまで知りませんでした。大谷吉継麾下の武将です。吉継は負けと決まり、自分の醜い首を敵に渡すなと命じて吾助は穴を掘ってる所です。この場面は藤堂高虎の麾下藤堂仁右衛門に見つかり湯浅吾助は我が首を差し上げるから主君吉継の首は許して欲しいと言ったそうです。
芳年『武者无類 日本武尊 川上梟師』1883(画像2)…明治維新後戦国武将の他に神話の英雄も加わります。
国芳『六様性国芳自慢 先負 文覚上人』1860(画像3)…国芳以前はこのような漫画チックな絵は無かった訳でやはり師匠国芳は別格。
↓芳幾『与ハなさけ浮名の横ぐし』1860…師匠国芳が能くした役者絵を擬動物化洒落絵
↓芳年『羅生門渡辺綱鬼腕斬之図』1888…国芳の言った覇気というのは大胆な構図の事かもしれない。
↓芳幾『東京日日新聞九百七十五号』1875四月…左官清十郎が料亭で呼んだ馴染みの芸者を襲おうとして逃げるおさくを出刃包丁で刺す。何時の世にも此の手事件は絶えない。
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