84年2月10日に初のセントルイス侵攻を果たしたWWFは1か月も経たない3月2日に再びキール・オーデトリアムで2回目の興行を開催しています。
第1弾は11000人の観客を集めましたが、今回はスパンが短かったこともあって観客発表は8465人。
ケーブルテレビの放送席にはビンス・マクマホンが座り、AWAから引き抜いた名物アナウンサー、ミーン・ジーン・オークランドとの軽妙なやり取りを見せています。
メインイベントはハルク・ホーガンにビッグ・ジョン・スタッドが挑戦したWWF世界ヘビー級選手権試合。
試合は共に2メートルを超す大型同士の力と力のぶつかり合いになりスタッドもホーガン相手に一歩も退かず15分42秒、両者リングアウトの引き分けとなりました。
セミファイナルはジミー・スヌーカ、イワン・プトスキー組vsタイガー・チャン・リー(タイガー戸口)、ミスター・フジ組。スヌーカがスーパーフライでリーをフォール。
インターコンチネンタル王者ティト・サンタナはベテランのレネ・グレイに苦戦しながらもフライング・ボディアタックからの体固めで王座防衛。
この他、ブライアン・ブレアーがデニス・スタンプを破り、ロッキー・ジョンソンはポール・オーンドーフに反則勝ち。
アンドレ・ザ・ジャイアントは不参加でMSG定期戦と比べるとメンバーは若干の格落ちでしたがこのラインナップでセントルイスに8000人以上の観客を集めたのは上出来と言えました。
一方、本拠地に攻め込まれたNWAも黙ってはおらず、8日後の3月10日に同じキール・オーデトリアムで興行を開催、10400人の観客を集めました。
メインはリック・フレアーのNWA世界ヘビー級王座にブルーザー・ブロディが挑戦しフレアーが反則勝ちにより王座を防衛。
NWAはWWFの侵略に遭いAWAのオーナーであるバーン・ガニアに協力を依頼。
ガニアにしても前年末までAWAにおり、ニック・ボックウィンクルの首を狙い、あと一歩のところまで追い込んでいたホーガンをビンスに引き抜かれたことに怒りを感じておりNWAへの協力に応じました。
また全日本プロレスの馬場も協力に加わり、84年以降の全米マット界はWWFvsNWA、AWA連合軍の図式となりました。
2月23日、蔵前国技館でのニックとのAWA世界、インターナショナルのダブルタイトルマッチに勝利を収め、同26日、大阪府立体育会館でのリターンマッチも両者リングアウトで切り抜けたAWA世界ヘビー級王者、全日本プロレスのジャンボ鶴田は、エキサイト・シリーズ終了後、世界王者として初めて北米サーキットを敢行。
これにつきましては別連載「ジャンボ鶴田怪物伝説」に順を追って書いていきますが、この日のキール大会に鶴田はAWA世界王者として出場。
天龍と組んでグレッグ・ガニア、テッド・オーツ組と対戦し30分時間切れ引き分けとなっています。
はからずもNWAとAWAの世界王者が同じリングに立つことになった訳です。
この他、ハーリー・レイスvsワフー・マクダニエルのインディアン・ストラップマッチは試合形式を熟知しているワフーがKO勝ち。
まだ見ぬ強豪であったウガンダの大魔神キマラ(ジャイアント)は1対2のハンディキャップマッチでボブ・ブラウン、バック・ズモフ組を5分でフライング・ボディプレスで圧殺して見せました。
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