7月の東京小旅行から帰ってじきに読み終わっていたのだが、展覧会と映画のレポート等で、書くのが遅くなった。
挿絵が豊富に入っていて、且つ怪物の登場する物語となれば、少年少女の為の本かとも思うのだが、実際は、なかなか難しい本だった。
その難しさが何なのか、ここではそれについて考えてみたい。
中身に入る前に、誰がこれを書いたかだが、表紙にはこうある、
「パトリック・ネス=著 シヴォーン・ダウド=原案」。
著者のまえがきに相当する文章は「”二人の著者”からのメッセージ」と題され、ネスが書いている。
シヴォーンは1960年生まれの英国女性作家。各賞も獲って期待されていたが、2007年にがんで亡くなった。享年47歳。
彼女は第5作の構想としてメモを残していた。
「キャラクター、物語の舞台、導入部。それらはそろっていた」とネスは同文で言っている。
このメモをネスに見せ、「未完の遺作を仕上げてみないかと声を」掛けたのが誰かは明らかになっていない。
ネスはシヴォーンの「声まね」をした作品は書けないと否定的だったが、アイデアの面白さに、ダウドから「バトンを渡された」と感ずるに到る。
物語が作家から作家へ、力を揮って暴れ始めたのである。良い物語は、こうした力を持っているものだが・・・。
主人公コナーは13歳の少年。同居する母親はたぶん癌で、通院で抗癌剤治療をしている。父は母と離婚していて、時々少年に会いに来る。
少年は最近悪夢を毎晩のように見る。その夢より、更に身に迫る事件がある夜起こって、悪夢の中身はしばし語られずに放っておかれる。怪物が現れたのだ。
この怪物は、近くの丘の教会の裏に立つ、巨大なイチイの木の化身らしい。これが、少年に無理やり物語を語って聞かせようとする。
本当は怪物だっていない訳だから、謂わば2つの悪夢に少年は苛まれる事となるのだ。
怪物は、少年が毎晩見ているもう1つの悪夢の事を何故か知っており、彼の口にする物語というのは、その夢の原因を乗り越えさせる為の教訓が含まれているのだ。
この怪物の語る物語の教訓というのが、実にこねくり回されたもので、怪物よりも、新興宗教か何かの教主様が話した方が相応しいくらいの内容で、読者はげんなりしてしまう。巨木の怪物が語るような骨太さはなく、物語の真実はああでもないこうでもないと、裏の裏を悟らせるような教訓話。
ここに到って読者は判る、これは少年少女向けの物語ではあり得ない。
文体も凝ったものだ。
第3者の文体、つまり、主人公は、「僕」という1人称でなく、「コナーは」と語られる。その人称のまま、語り手もコナーの夢の中に入っていく。
そして、読者が弁別できるよう、夢の中の怪物の声は、字体を変えて書かれる。「 」は使われない。
ところが、怪物の行動の方は、他と同じ一般の字体で、第3者の語り手が語っている。
時々、これは誰が言っているのか、誰の考えか、読み直すハメになる。
さて、後から判るのだが、毎晩見る悪夢は、母の死に強迫されたものだ。
少年は母の病気が重篤である事は感じ取っているが、普段の生活の中において、死という事からは目を背けている。
しかし、少年自身の脳の奥にある何かは、それを許さず、悪夢になって自覚させようとするのだ。怪物は、悪夢からも逃げようとする少年の前に現れ、遠からぬ死を乗り越えさせる為、教訓の物語を垂れるという訳だ。
だが、考えてみれば、その怪物も少年自身が作り出したものでない筈はない。少年以外の誰も怪物を作り出す事はできない。
ここに混乱がある。
自身が作り出した悪夢に苛まれ、自身が作り出した怪物に教育されている。自身が自身を悩ませ、自身が自身を教育している。
物語が暴走し、混乱と矛盾を来たした感がある。
しかし、どんな力強い物語でも、コントロールするのはやはり作家だ。
少年が2つの悪夢に隷属している時、母親はまだ死んでいない事を想い出して欲しい。
大人でも困難であるにも関わらず、愛着の対象が生きている内に、少年が自身でその死を認め、独り立ちへの準備をするという構想には、ちょっと無理がありはしないか。
私はこう思っている。
ダウドは、少年少女の為のもっと理解し易い、力強い物語を作ろうとしていた。彼女の作家経歴を見れば、その想像が正しい事が判る。
ネスは、しかし、バトンタッチを受け、困難な大人の物語として仕上げた。
2人の間で物語は連続性を失い、整理され切らず、暴れるままにどんどん膨らんでいってしまった、まるで枝を掃われない茫々とした巨木のように。
イラストも、ダウド路線ならこれで良かっただろうが、ネス路線なら、これ程の量を挟む必要はなかった。
ちなみに、パトリック・ネスは1971年米国生まれ、1999年渡英、最近は、ヤングアダルト向け小説3部作で、各賞を受賞し活躍している。
著者 パトリック・ネス
原案 シヴォーン・ダウド
翻訳 池田真紀子
イラスト ジム・ケイ
発行 あすなろ書房、2011年11月初版
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