mixiユーザー(id:2502883)

2019年02月05日13:13

130 view

元木泰雄『源頼朝』(中公新書、2019年)を読む

 元木泰雄『源頼朝』(中公新書、2019年)読了。

 鎌倉に武家政権を樹立した源頼朝。しかし歴史的人物としてはいまいち人気がない。それは、治承・寿永の乱において、平氏のみならず、弟の義経をはじめ、身内や味方の御家人の命も奪った「陰湿さ」も影響しているのだろう。晩年には朝廷に接近するなかで「盟友」の九条兼実を見捨て、娘の大姫入内に奔走したものの、失敗して世を去ったとされているところも、天下人としての格を下げている。

 この本では、そのような従来の頼朝像に、史料批判を踏まえながら修正を迫るものであった。河内源氏の御曹司として朝廷にデビューを果たすものの、平治の乱の敗北で父や兄たちが討たれ、自身も流人として伊豆に流され二十年。治承・寿永の乱も含め、幾度も「死の淵」を経験した男の姿があった。重代相伝の家臣たちが蜂起に加わったと言われているけれども、実際は異なり、頼朝のもとに集まったのは自らの利害を踏まえて、彼に賭けた坂東の武士たちばかりだった。

 そうなると頼朝は、御家人たちの利害を調整し、指導力を維持するために行動するしかない。彼らの支持を失えば、「武家の棟梁」たる地位もあっという間に瓦解してしまう。弟・義経との関係も、奥州藤原氏の勢力抜きには考えられない。同族の木曽義仲、甲斐源氏も、油断ならない存在だった。そのため、有力御家人も含めて、彼らの内部分裂を誘い、敵対する可能性のある相手の弱体化、滅亡を図った。

 それは頼朝だけで捉えれば、確かに自己保身に映る。しかし頼朝の死後、カリスマ不在の武家政権で起きたことは、御家人間の利害対立が表面化し、血で血を争う抗争であったし、年齢的にも未熟な頼朝の後継者たちには荷が重すぎるものでもあった。頼家、実朝はそのなかで非業の最期を遂げる。

 しかしそんな頼朝も、朝廷には異なる対応を示す。後白河院の保護を名目にする以上、敵対勢力に出し抜かれるわけにはいかない。しかし、自らの利害に基づいた行動という意味では、駆け引きもする必要があり、時には強い態度をとることもあった。奥州藤原氏を滅亡に追いやった奥州合戦の顛末はその好例である。

 また、九条兼実との関係も、一般的に言われているような「盟友」ではなく、その駆け引きのなかで態度を変えたものと考えたほうが自然であると述べる。一次史料の『吾妻鏡』や『玉葉』の記述も無条件で採用しているわけではない。当時の情勢や他の史料と照らし合わせながら、批判的な考察を行っているからだ。従来の兼実との関係については、『玉葉』や『愚管抄』など九条家側の見解に引っ張られ過ぎているところがあるという。

 以上のことから、源頼朝の行動とその生涯は、「死の淵」を経験した者として、自らの立場を安定させることを最優先としたのだと理解できる。頼朝の意図はともかく、それが鎌倉政権の安定に寄与したことも疑いない。慎重さとしたたかさ、そして果敢な決断を繰り返したからこそ、「天下草創」の基盤を作り上げることができたと言えよう。

 そのなかで、平氏政権と比較して頼朝に欠けていたものとは何だったか。それは一族間における自らの優位性や、累代の家臣たちが挙げられる。
 頼朝は河内源氏の御曹司ではあったものの、彼に代わり得る一族は少なくなかった。木曽義仲はもちろん、甲斐源氏、佐竹氏、そして弟たちも例外ではない。また、当時の主従関係は一代限りとすることが多く、代替わりにその関係が継承できなければ、解消されてしまった。頼朝は、父・義朝が平治の乱で敗死したこともあり、主従関係の継続は限られたものにとどまっている。しかも流人としての二十年があった。

 これを克服するため、同族も含めた潜在的な反対勢力の粛清、守護・地頭の任命や官位・官職の推挙を行うことで御家人との主従関係を明確にした。これによって、頼朝を中心とした武家政権が確立したかに見えた。
 ところが頼朝は間もなく五十三歳の生涯を閉じる。挙兵したのが三十四歳、そこから二十年足らずでは、頼朝自身のカリスマは高まったに違いないけれども、政治体制としては未だ脆弱さを残すことになる。その後も鎌倉政権は、承久の乱という最大の危機を乗り越え、全国政権へと成長していったけれども、常に内紛と分裂のリスクを抱えることとなった。その帰結が、14世紀前半の滅亡へとつながる。

 政治体制として、将軍の地位が不安定だったこと、御家人同士の利害調整が十分でなかったこと。その後の鎌倉政権が抱えた問題について考えるとき、それを克服すべく行動した源頼朝という人物を改めて評価することも可能だろう。

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2019/01/102526.html
1 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する