■近頃、見かけない
●あれは、いつ頃までだったのだろう。
ちょっと仕事で遅くなって、電車に乗ると客はまばらで、疲れた
体に、吊革の揺れるのが侘しく目に留まる。
向かい合った前の座席に、母親と小学前の子供が並んで座っている。
母親は、私のほうの車窓のガラス越しに、夜の暗さの中に灯っている
明かりを眺めているようだ。私のほうからは反対側の同じような
暗闇を流れるように飛んでいく、外の町の明かりが見えている。
子供は、男の子のときもあれば、女の子のときもある。
ときどき、まっすぐ前を見ている母親に子供が話しかけている。
小さな声で話しかけいるので、何を言っているのか、私には
わからない。
「ねぇ、お母さん。・・・・・・、
・・・・・、 ・・・・・でしょう」
行儀よく座った子供は、横の母親に話しかけている。
母親は、うなづいて、やっぱり前を見ている。子供も母親が
うなづくのを確かめて、また、母親のように静かに私のほうの
車窓越しの夜の闇を見ている。
●ただ、それだけの光景である。つけ加えれば、母親の身なりは
やや粗末だ。子供も、質素な服装だ。
荷物といって、何もない。
時間は、夜の11時近く。この母子は、どこへ行くのだろう。
買い物や遊びの帰りではなさそうだ。はしゃいでいる風はないし、
この時間だ。普通なら、子供は寝ている時間だ。
この母子は、どんな用事で、どこへ行くのだろう。
●母子の光景は、私の脳裏のどこかをかすめる。
知らん振りしながら、母子を見ている私の何かが、揺さぶられる。
こんな光景が、私の母と私の間でもあったのだろうか。
母子を見ながら、私はそこに自分を投影していることに気づく。
●子供は、男の子であったり、女の子であったり。
いつも、行儀よく座っていた。
そんな光景を、いつ頃まで目にしたろうか。
いまでは、見ることがない。
いまより、もう少し、世の中には哀愁があった。
母子を見て、その親子の境涯を、ふと思ったりする光景に出会う
ことがあった。
私には、夜遅い電車の中の母子の二人連れ、それがそうだった。
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