■身心快楽(64)
●６月２７日(土) 薄曇り
きょうも、よく寝た。
妻が出かけたあと、いつものように、愛川欽也の「パックインジャーナル」をみて
そのあと眠った。
ＴＶをつけると、こんどは田原 総一朗「朝まで生テレビ」の再放送をやっていた。
田原 総一朗のがなり立てる声が嫌いだ。
しばらく見て、スイッチを切った。
いずれにしても「末期症状」にかわりはない。
いくところまで、いくのだろう・・・
と、思ったりする。
リファーレ横尾まで下り、タバコを買って喫茶店に入る。
「富士日記」を読む。下巻も終わりに近い。
いまごろの時期だと、椿谷公園横の街灯は夕方、７時１５分ごろに点く。
このあいだ、職場からの帰り、ちょうど街灯が点灯するところに
公園横の階段でであった。まだ明るい夕方にチカチカと光って
階段の下から上の方まで、十数本くらいの街灯が一斉についた。
この階段の途中に、
「ここで女性が殺害されました。事件に関する情報をお寄せ下さい」
という警察が立てた看板がある。もう数年前の事件である。こんなところでも
事件が起きるのか・・と事件当時、思った。
その看板はいま、毎日、もう見ることもなく通り過ぎる普通の風景の一部と
なっている。
喫茶店を出て、ゆっくり椿谷公園の階段を上って行く。
いま、ついたばかりの街灯の白い光がすずしい。
西の空は薄いピンクに染まった雲が、淡い淡いブルーの空に広がり、
東の空は、水色と灰色がまじった薄墨色の、雲と空が混然と溶け合った空間に
なっていた。
●「富士日記」昭和四十六年 拾遺��
「夏休み」のあと、約三ヶ月後に山に行った。
行く前の日、第七回「谷崎潤一郎賞」の銓衡委員会があった。
▼十月二十三日 くもり
昨夜、中公の谷崎賞の会があったので、今朝「今日はやめておく？ 一日のばす？」
と訊くと「山へ行く。紅葉も見たい、少し休みたい」と言う。
予定通りに出かける。昼少し前に赤坂を出る。
中央高速道に入って、真直ぐの道をスピードをあげて走り出したとき
「昨日、中公の会に出ていてしゃべっていたら、急に口がうまくきけないんだなあ」と、
赤坂を出たときから眠ったようにしていた主人が話しだす。
顔をみると、いつもの通りの顔色で、おかしそうに、うっすらと笑っている。
少し恥ずかしそうにしている。
「そう。うちへ帰ってきても、だから黙っていたの？」
「会から帰ってくる車の中では、もう治ってたんだ。酒飲んで
くたびれてたからなあ。淑子さん[嫂]の話はきいてただけだ。
口きくのが面倒くさかったからなあ。あのときは治ってたんだ。
ヘンだったかなあ」
「別に。あたしは、いつもよりお客に口きかないな、と思ったけど、
お嫂さんはヘンとは思わなかったでしょ。気がつかなかったみたい」
主人は「腹がすいた」といって、持ってきたサンドイッチを食べはじめる。
「このまま、山へ行く？ 戻って医者に診てもらおう」
頭を振りすぎるほど振って、じろりとにらむ。サンドイッチをのみこんでから
「山へ行けば治るさ。酒の飲みすぎだ。判ってるんだ。医者なんか
みせたって同じことだ。こうやっていたいんだからいさせろよ」。
私は真直ぐ向いたまま、ずっと車を走らせた。
主人は手をのばして私の髪の毛を撫でる。
語気を荒くしたことを恥ずかしそうに、お世辞をつかうように
「こうやっていさせろよ」と、
今度は普通の声で言いながら。
山へ着いて、遅い昼食。ごはん、じゃがいもと玉ねぎのオムレツ、スープ、
りんご。
主人も私も昼寝。
夜 牛肉バター焼、ごはん、大根おろし、わかめとねぎ味噌汁。
いま、庭に芥子が咲き乱れている。いまごろになって咲いている。
●私はここまで読んで、またじわっと涙がこみあげてきた。
百合子さんに涙したのか、それとも泰淳に涙したのか。
庭の「いまごろになって咲いている」という芥子の花の咲き乱れたさまが浮かぶ。
感じること、思うこと。
しかし、これはやはりまだ
来てしまったこととはちがうのだ。
どんなに切羽つまっても
やはり出来するまでは先のことなのだ。
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