11/3(土)、浜松市美術館で開催中のレーピン展に行ってきた。
Bunkamuraザ・ミュージアムの後、こちらに巡回してきた。
・会期 10/16〜12/24
この後、姫路市立美術館、神奈川県立近代美術館葉山に回るようだ。
当日14:00〜15:30、レーピンについての講座があるとの事で、この日を鑑賞日に選んだ次第である。
講演を行うのは、神奈川近代美術館主任学芸員 籾山(もみやま)昌夫。
彼は、今展の作品選択から関わり、図録への執筆もしている。サンクトペテルブルクに留学の経歴もあり、ロシア美術について特別に造詣が深い。中でもレーピンについての研究に四半世紀を費やしてきた、との事。
籾山の話を中心に、この展覧会のレポートをしたいと思う。
まず開口一番、この展覧会の意義について、これだけの規模のレーピン回顧展は今後そうなかなか催せないだろう、と言う。
今展には、レーピンの油彩画57と素描42、合計99展が来ている。
(但し、浜松には、その内、油彩画4,素描16計20点が来ていない。会場の広さの所為だろうか。)
代表的なレーピン作品の殆どを持ってくる事ができた。
ただ、� 悒凜�ルガの船曳き』(1970-73),�◆悒�ールスク県の復活大祭の十字行』(1881-83)と��『1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン』(1885)は来ていない。
何故かというと、今回の展覧会はトレチャコフ美術館所蔵品で構成されているのだが、�，呂泙差駑�ロシア美術館にある。
�△蓮�178.0×285.4cmと巨大なサイズの為、飛行機のチャーターが必要になる。
��は、1913年にある若い画家によって切り付けられ、損傷を蒙った経歴があり、移動には多大の保険が必要となるし、トレチャコフ側も、この作品には異常な程神経質になっている。
その代わり、� 銑�の習作等、関連の作品が展示されていて、主催者の配慮が顕れている。
講演は以下のように構成されていた。
タイトル「イリヤ・レーピンと19世紀ロシア・リアリズムの世界」
[1]ロシアにおける19世紀的なリアリズムの成立
[2]レーピンのリアリズム絵画の特徴。
話しの内容に入る前に、展覧会の構成も示しておこう。
<1階展示室>
自画像
�機“�術アカデミーと『ヴォルガの船曳き』
�供．僖衫嘘悄Ю床と�術との出会い
�掘仝龍織船絅亜璽┘佞肇皀好�ワ
・・・ここに『皇女ソフィア』(1879),ポスターに採り上げられた『休息〜妻ヴェーラ・レーピナの肖像』(1882)が含まれる。
また、『クールスク県の十字架行進』や『トルコのスルタンに手紙を書くザポロージャのコサック』(1880-91)の関連作品も多数ある。
<2階展示室>
肖像画
・・・『作曲家モデスト・ムソログスキーの肖像』(1881),『懺悔の前』(1879-85)はここ。
�検 岼榮闇鼻廚隆�手として:サンクト・ペテルブフルク
・・・『思いがけなく』(1883-98),『集会』(1883),『文豪レフ・トルストイの肖像』(1887)他。
�后ー＼ぢ紊瞭海�手として:美術アカデミーのレーピン
・・・『ゴーゴリの「自殺」』(1909)他。
籾山の講演に戻るが、ロシアにリアリズム絵画が興る背景を、[1]でまず押さえた。
それをチャートで簡略に示すなら、1506年ローマ『ラオコーン像』の発見→1748年ポンペイ遺跡発見→1818-19年ジェリコー(仏)『メデューズ号の筏』→1830-33年ブリュルローフ(露)『ポンペイ最後の日』→1849年クールベ(仏)『オルナンの埋葬』→1855年同「レアリスム宣言」
1841年フォイエルバッハ(独)『キリストの本質』→1837-57イワーノフ(露)『民衆の前に現れたキリスト』→1863年ゲー(露)『最後の晩餐』→1870レーピン『ヴォルガの船曳き』最初のデッサン、というようになる。
ギリシア・ローマ遺産によりリアリズムというものが民衆に意識され、当代画家達によってリアリズム的表現がなされるようになるが、それは理想化されたり、劇的演出をされたものであった。
その後、クールベによって、ごく普通の人々が描かれるようになる。彼の『オルナンの埋葬』の登場人物は、歴史上の英雄等でなく、故郷オルナンに実在した普通の人々がモデルにされている。ゲーの描いたキリストも、超然とした存在でなく、悩める人間的な姿となった。
レーピンの『ヴォルガの船曳き』の人物達は、社会の底辺に生きる、全て個別の名前を持った者達である。但し、現実そのままを絵にするのがリアリズムではない、再構成はされている。
ドストエフスキーは『展覧会に関して』なる1文の中で、こう言っている、
「レーピンの絵筆には、見せかけの繊細さがない。彼は『船曳き』を少しも良く見せることなく描き、その美しさの欠如を恐らく強調しさえしている。クールベの『石割り人夫』にとても感動していたプルードンなら、この作品にインスピレーションのまたとない機会を見出したであろう」。
レーピンは、『船曳き』を完成させる迄に、極めて多くのデッサン・習作を残している。人物個別の、そして列の向き、船も何種類か、また、女版船曳きさえある程だ。これは、彼の再構成の足跡である。今展では、『浅瀬を渡る船曳き』(1872)他7点が展示されている。『ヴォルガの船曳き』完成への過程で作られた作品達だが、『浅瀬を…』は習作でなく立派な完成品である。(→写真1)
最終をご存知の方なら、どこがどう違うか、お判りになるだろう。
レーピンのリアリズム作品には、しかし、更なる側面がある。それが[2]のテーマだ。
『集会』(→写真2)で、それを確認してみよう。
この絵の元々のタイトルは『ランプの光の下で』だった。今では、革命家が暗い部屋の中で人々を前にして発言している絵だと理解されているが、旧ロシアの絶対王権社会にあって、それは隠されなければならない。その為の旧タイトルである。社会との軋轢の中でリアリズム表現をどうするか、これはレーピン特有の問題である。
そして、この革命家は、キリストを象徴しているという点に、もう1つのレーピンリアリズムの特徴がある。
『懺悔の前』でも『思いがけなく』(→写真3)でも、その隠されたテーマが見出せるだろう。『集会』で革命家を取り巻く人々の数は12で、使徒の数と同じだ。とすると、『集会』は、レーピンの、ロシアの「最後の晩餐」だと言えなくない。
また、『思いがけなく』を見た人は、聖書の「放蕩息子の帰還」の物語を想い出さずにはいないだろう。
レンブラント他、多くの画家が、いにしえからこのテーマで作品をものしてきた。
しかし、この絵には許しがなく、何とも居心地が悪い。
こうした隠された意味を持つところに、レーピンリアリズムのもう1つの特徴を見る事ができる。
社会主義革命後のソ連(1922-91)では、『懺悔の前』は『懺悔の拒否』とタイトルを微妙に変えられ、「社会主義リアリズム」作品として体制のプロパガンダに利用された。
レーピンはリアリズム画家である事は間違いないが、社会主義リアリズムの枠の中に放り込んでしまう事は、誤りである。
籾山の講義は、史実に沿って丁寧でいながら末梢に陥る事なく、且つ大胆で面白く、彼のレーピンへの深い造詣と愛情を物語っていた。
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