つい先日、1/27に『ペルシャ猫を誰も知らない』(2009)というイラン映画を観たばかりである。2/6(日)に同じ浜松シネマe-raで観た『彼女が消えた浜辺』(同)を監督したのもイラン人だった。計画して続けて観た訳ではない、偶々だ。
前者がバフマン･ゴバディ(1969- )、後者がアスガー･ファルハディ(1972- )、何れも1979年のイラン革命少し前に生まれた若手に入る人達と言っていいだろう。
イラン人監督の代表と言えばアッバス･キアロスタミを想い出すが、彼は1940年生まれだから、世代的には離れている。
イランの映画の伝統は、革命が起こっても、綿々と生き続けている。
同じ若手と言っても、『ペルシャ猫を誰も知らない』と、この『彼女が消えた浜辺』は何と違う映画だろうか、共に2009年制作であるにも関わらず、まずその事に驚いた。
前者は、直接的な表現で政治的な訴えが強く前に出ている。イラン体制に対する抗議は、ゴバディがイラン国外に住んでいるからできるのだろう。国内にいたら、間接的な表現で敢えて判り辛くするか、隠喩でオブラートにくるむかしないと不可能ではないか、そんな気がする。
『ペルシャ猫を誰も知らない』に対して、『彼女が消えた浜辺』を観つつ個人的に感じたのは、まるでヨーロッパの末期文化的な映画みたいだという事。まるで盛期も爛熟期も越え、悪く言えば、もう文化に何かを解決する力は期待しないというような態度、そんな匂いさえ私は嗅ぎ出した。
イランの文化は、確かに古く、絢爛たる歴史を持っている。
映画史の面でも、ヨーロッパ最初(世界初)の映画館はリュミエール兄弟によってパリに1895年、日本は1903年、イラン(当時はペルシャ)は1904年にできた。横並びでは殆ど変わらない。
違うのは1979年の革命である。
日本は終戦の1945年以来、経済復興と自由主義,民主主義の定着に向けて進んできた(評価はともかくとして)。基本的な根本政策の中には男女同権もある。
対してイラン革命は、王制に対する民主主義の獲得ではあったが、同時にイスラム教絶対主義革命でもあったから、逆行する復古性格も帯びた。
例えば、女性の権利という側面では、進学率は伸びたが、家庭内での女性の役割は家事と子供の養育に今も限定されている。家父長による家族,女子供の保護は、イスラムの教えそのものである。
形態は変わっても、女性はヘジャーブ着用を今も義務付けられている。フランス等でこれが問題とされているのは、ご存知の通り。
結婚は契約、という考え方も、女性保護の思想から来ているが、逆にこの為、婚約や結婚,離婚のステージでは、女性は大きな制約の下にある。
『彼女が消えた浜辺』でも、エリが婚約していたという事実を旅行の同行者達が知っていたかどうかが、大きな争点となっている。
日本人から見ると、何でそんな事が問題になるのか理解しがたい、また、何故彼等が真実を隠そうとやっきになるのか、判らない。
ここでは、婚約が象徴的に問題にされているが、考えてみれば、結婚生活も家庭生活も、更にはいろんな人間関係も社会生活も、全てが同じ問題を孕んでいる。人々は、制約された条件や役割を互いに下敷きにして、その危ういバランスの上で生活をしている。
逆説的な言い方になるが、浜辺の家での、小さくてたくさんの嘘の積み重ねの上に、初めて彼等の生活全てが成り立っているのが、やがて見えてくるのである。
セピデーの僅かな嘘が、本当に悪い事だろうか。
だが、これは非イスラム人の考え方である。
積み上げたバベルの塔のように、1つの小さな石(嘘)を引き抜く(認める)事で、より大きなものが、音を立てて崩れ去ってしまうのではなかろうか。
そんな恐怖の為に、皆で社会制約を圧し合っているのが、浜辺の家の彼等であり、イラン人の多くではなかろうか。
エリとは一体何だったのか。
本名も判らず、住所も家族関係も判らない。
行方も判らず、遂に水死体で打ち上げられる。
どうすればこの閉塞状況から抜け出られるのか、イラン人自身が、少なくともファルハディ自身が判らずにいるのだろう。
恐らく、前にも行かず後ろにも行かない彼の態度から、私は末期的な匂いを嗅いだに違いない。
監督･脚本･美術 アスガー･ファルハディ
撮影 ホセイン･ジャファリアン
編集 ハイェデェ･サフィヤリ
音楽 アンドレア･バーワー
出演 ゴルシフテェ･ファラハニー,タラネ･アリドゥスティ,シャハブ･ホセイニ他
受賞 ベルリン国際映画祭銀熊(最優秀監督)賞 他多数
2009年/イラン
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