11/13(木)、平野美術館で「松井冬子展」を観る。
今を時めく日本画家、松井冬子の作品が30点まとめて観れるとは、そうそうない事である。しかも、この田舎町浜松で。
冬子は浜松市の隣、周智郡森町で生まれた。清水次郎長一家”森の石松”の森だ。
文化的な意味で、この浜松に住まう事の僥倖を感じた事は、かつて殆どなかった、というのが、正直なところ。
全国の皆さん、すみません、へへ、・・・という感じです。(笑)
このラッキーを噛み締めつつ、平野美術館への足取りは自然速くなる。
期間 ’08.10.25〜12.14(開館時間10〜17:00)
観覧料 500円
展示点数 全32、内11点は構想図、下絵等
展示品の制作年は1999〜今年2008。
習作を除く完成品では、
‘00年 1点
’02年 1点
‘04年 4点
‘05年 3点
‘06年 2点
‘07年 7点
‘08年 3点
今年まだ34歳(1974年生まれ)であるからして、そんなに古いものはある訳もなく、彼女の制作点数もそれ程多い訳がない。
彼女の名を知らしめた主たる作品は、その多数がここに来ている。
‘04年の『浄相の持続』は、この平野美術館の所有である。
展示作品毎の小さな説明パネルの文言は、冬子本人によっているようだ。
文言ひとつひとつを書き写したい誘惑に捕えられたが、そうもいかない。
全体に対しての彼女の言葉は、以下の通り。
「それぞれの作品は、蓄積された受動的なうっ屈による自己倒壊に近い状況において、自己を保持し続ける感覚や、緊迫感の持続による爆発的なエネルギー、
置き換えるなら、『怒り、ゆがみ、閉塞感、牢獄、狂気、ヒステリー』といったものの断片を示しています。」
そして、何れの絵からも、「死」がぷんぷんと匂い出でている。
その匂いは、継続的な痛みを伴い、極めて蠱惑的で、人を引き摺り込もうとする。
引き摺り込まれる人は、その誘惑に打ち勝てない事に自ら陶酔する。
タイトルは多くが長く、哲学的で、精神病理学的。
例えば『この疾患を治癒させるために破壊する』、『終極にある異体の散在』等。
ちょっとやそっとで理解されたくない、特に男性には(世の仕組みや、例えば卑近な"画壇"なんてものを牛耳っているのも殆ど男性だろうし)、という防御的で攻撃的な構えがあるような気もする。”復讐”と言ってもいい。
暴力を受けるのは、一般的に専ら女性であり、弱者である。
描かれるのはいつも自分が投影された女性(花や動物等の象徴も含めて)で、外からにせよ内からにせよ、暴力的な渦の中にいる。
描写の部分々々は極めてリアルだが、全体図は非現実の死の物語。
勿論「死」は現実のものとしては描けない。
『九相図』(京都安楽寺)というものがある。
小野小町の屍体が、腐り、動物や虫に喰われ、果ては無機質な骨になる迄、9つの状態を経るという、その諸相を描き出したグロテスクなもので、冬子自身もこれに興味を言及した事があるが、これとて、作者はその変化を実際目の当たりに見ているだろうけれども、絵にした途端、現実からは離れていく。ここが写真と違うところだ。
冬子は、部品のリアルさを求めて、腑分け図を数多く描いている。今回も完成品として2枚、習作として4枚来ている。
こうして、現実的な死を、刻印された自分の皮膚から、痛みと伴に剥がし取り、非現実の死の物語の中へ置き直す行為が、彼女にとっての絵なのだろう。
彼女がどんな生い立ちを辿ってきたか、知る由もないし、そういう方向から彼女を解き明かしたいとも思わない。
しかし、どんな形か、暴力は近くに存在した事があって、それを内に押し込め、いとおしみながら丹念に熟成させ温度を上げ、それらを吐きだす事が絵を描く行為になっている。
まるで自らを疵付けるような道程である。
しかし、この痛みにはナルシズムがひりひりと貼り付いていて、この事が幸いして、偶々絵を描く事と結びつき、冬子の生きる証しとなっていった。
まあ30歳代の若い女性を前にして、決め付けの安売りの如き総論は止めておこう。
NHK ETV特集「痛みが美に変わる時〜画家･松井冬子の世界」で、上野千鶴子も言っていたが、まだ彼女の変化はあり得ると思う。
時間をかけて彼女を見つめ、理解を深めていきたいと思う。
さて、個別作品については、『陰刻された四肢の祭壇』に触れてみよう。
自分の皮膚や臓物をぶら下げ、百合の花を手に歩く女性の顔を観て、ついついダ･ヴィンチの『モナ･リザ』を想い出す。または『聖アンナと聖家族』、または『ブノワの聖女』。彼女達の理解を超えた表情、微笑みを湛えているようには見えながら現実的でないそれ、いろいろなものを含み持ったようなそれ。
『陰刻された・・』の女性の顔は、肉体の痛みから解き放たれ、何か幸福なようにも見える。この微笑みは何処から来るのか。
下腹を外科手術的に結合させられたハツカネズミが下部に小さく描かれていた大作は、何という絵だったか。
狂える双頭の蛇が描かれたのは何というタイトルだったか。
彼女の絵は、絵を思い浮かべても、タイトルが出てこないものが多い。逆に、例えば『絶え間なく断片の衝突は失敗する』と言ったって、どの絵だったのか、イメージが連動してこない。
それはともかく、あのネズミと蛇が孤独から絶対的に回避されたように、自分の臓物と伴に歩く女は、孤独を感ずる事はもうないのかもしれない。
そう言えば、ダ･ヴィンチも数え切れない程、腑分け図を描いていたなあ。
謎はいくらでもある。
時間はまだいくらでもある。
愉しみながら、この類似の疑問の答えも捜し出していく事としよう。
開期間中に、もう一度観にいくつもりでいる。
松井冬子の公式HP
http://matsuifuyuko.com/index.html
平野美術館のHP
http://www.hirano-museum.jp/
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