■遠い煙
●きのう、いつものように夕方
妙法寺の駅で降りる。
トンネルとトンネルの間にある
地下鉄のこの駅は、プラットホームに降り立つと
谷あいから天を仰ぐかっこうになる。
もう空は黒ずんで
かすかに、夕闇のなかに
たなびく雲の跡形がわかる。
秋の冷気が
漂う。
●息を吸うと、胸にしめっぽい
つめたい空気が
流れ込んで、私をひたしていく。
その吸い込んだ息に、
なにか懐かしさがあった。
これは何だろう。
空を仰ぎ、階段を昇り、改札を出て
私は思い出そうとした。
●秋の夕暮れ、もう家に帰らないと
暗くなってくる。
田んぼのあぜ道から
軒の低い家の台所あたりに
灯りがともったのが見える。
稲刈りがすんで、切り株の残った田んぼでは
脱穀した後の、もみ殻を焼いていた。
夕闇の中、誰もいない田んぼから、
もみ殻の焼かれる煙が、冷気にまじって
流れていた。
●遠い昔の、そんなことが思い浮かんで、
ようやく
懐かしさがどこから来たのかが
わかった。
このあたりに田んぼはないが
どこからか
漂ってきたもみ殻を焼くにおい。
坂を登りつつ
遠い煙のにおいをかいだ。
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