1938年、日本統治時代に建てられた市役所です。現在は高雄市立歴史博物館です。壁の薄い緑はカーキ色のつもりだそうです。日本風の屋根が乗る帝冠様式です。正面のデザインは高雄の「高」の字を模したものといわれています。確かに「高」の字は縦と横の線でできていて、モダン建築のデザインに合っています。
中に入ると正面に階段があります。内部の石は濃いベージュで、階段の雰囲気ともども大阪府庁に似た感じです。
1階の左手部分が高雄の歴史の展示になっています。先史時代から始まって、発掘の様子などがわかります。そしていきなり17世紀に飛びます。展示室の入り口に足を踏み入れますと、そこにいたおじさんが近寄ってきて話しかけてきました。そうして展示の解説を始めるのです。しかも日本語で。いつのまにかガイド付き見学になっていました。
展示は17世紀の鄭成功の台湾統治、清朝の統治と続いていきます。そのころ高雄は「打狗」と表記されていました。原住民のTakauという言葉が元になっているということで、展示物を見ていますと、清朝を通じて「打狗」という表記が使われているのがわかります。「高雄」は日本人が当てた字です。確かに「打狗(犬をぶつ)」という意味ではあんまりですので、表記を変えたほうがいいには違いありません。しかし日本語の「たかお」は訓読みなので、中国語では「カオション」という、もとの音とは全くかけ離れたものになってしまって現在に至っています。
日本統治時代の部屋に入りますと、たいして広くない部屋の右の壁から左の壁までですが、線路が敷いてあります。当時鉄道が作られたことを表しています。日本統治の部屋が戦争の展示で終わって「光復」後の台湾に入りますと、いきなり現在に飛びます。国民党統治の事はあまり詳しくありません。
2階には子ども向けのレクチャーが行われているスペースがありました。また、2階の正面に当たる部分はかつての市長室で、当時の様子が再現されていました。当時というのは、光復後の国民党統治時代です。日本時代には4人の日本人市長がここで政務を取りました。
1階の右側の部分には二二八事件の展示があります。二二八事件とは、1947年に国民党による反政府勢力取締り事件で、多くの死傷者が出ました。
近代建築の味わいと共に、高雄を中心に台湾の歴史を感じられて、見所いっぱいの博物館でした。
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