■振り切れる
▼帰りの道は、風が冷たかった。今夜は冷え込みそうだ。
でも、明日は木曜日で定休日。
淡路の叔父のところに電話を入れる。
正月、どうしているか、腸閉塞のその後の経過はどうか、
聞いてみるつもりでそそのままになっている。
おばちゃんが出てきて、叔父は畑に出てキャベツの収穫なども
できるようになっているとのこと。
高血圧のおばちゃんに、こんなに寒いので、風呂に入ったり、出たりするときに、
気をつけるようにと言い添えて、電話をきった。
▼妻ももうすぐ帰ってくるだろう。
ぼちぼちと、昨日の続きを書いてみる。
「ヤバイ人(1)」に「うんこ」さんから、「異性としてはつまんない男だけど、
旦那には安心ですね」とのコメントをいただいた。
かつて読んだ、土橋治重「永遠の求道者−高見順」(現代教養文庫)
を再読しながら書いているが、「高見順の魅力」を伝えようとして、このコメントでは、
私の完全な失敗である。
▼なまじ、「高見順」と、この私を重ね合わせたのがよくなかった。
土橋治重のこの「本」を読んでいただければ、そのことは明らかで
「高見順の魅力」は「うんこ」さんにも納得していただけると思う。
▼今月のホームページに「高見順」の詩を掲載したが、「詩人インデクス」から
彼の5編の詩を読んでいただいても、その一片は証明できる。
「永遠の求道者」と呼ばせるものが、「高見順」にはあると思う。
http://www.geocities.jp/narato/shijin/takami_jun.htm
▼だから、この「ヤバイ人」というのは私のことであって、
「高見順」とは関係なく、私は、私自分のこと書くべきだったかと、
反省する。
ただ、私は、「高見順」が生来的に密かに隠し持っている「破滅への志向」から、
己が身を危うく救ってくれている、順の「保身」をとても尊いものと思い、
そのことで「高見順」を高く買ってる。
▼「高見順の保身」は、世に言う己が身の「保身」とは異なり、
順が自分の母のことを思い出したように、人が一般に「破滅」を避けえるのは
単に自分のためではなく、自分のことを思ってくれている人々が存在していることに
気づくことによって、とりもどす「意志」である。
▼うまく書けるかどうか、おぼつかないが、今晩は、私自身の「ヤバイ」ことについて
触れ、なぜ「高見順」を読み返したのか、そのことを書いてみようと思う。
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