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2008年01月05日00:31

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続きのお話2 第2章 後半

 レドラス領内に入ってしばらくいくとアラードたちは大草原に出た。それとともに魔物の足跡がたどれなくなった。

「ここからどう行くかだな」
 腕組みをするボルドフにアラードはいった。
「リアは豊かな実りを求めて南下するといっていました。人里もおそらく避けていくはずです」

「大筋はそれでいいだろう。だが私たちは人里にも寄らぬわけにいくまい。水や保存食も要るし情報も欲しい」
 グロスの言葉にボルドフはうなづいた。
「そうだな。それに群れからどこにどんな魔物が解放されるかも確かめて、近くに住む者がいるなら警告もしておかねば」

「では私たちは巡礼殿に雇われた護衛2人というわけですね」
「そういうことだ。くれぐれも国境を越えてきたなどと悟られてはならん。無意味な争いは避けねば」
「レドラス領の道はそなただけが頼りだ。よろしく頼む」
 グロスの言葉をアラードは意外に思った。
「隊長はこの地域のご出身だったんですか? 私はアルデガンのご出身とばかり……」
「いった端から。隊長じゃないだろ? 俺は巡礼の護衛だぞ」

 苦笑したボルドフは、遠くを見るような目で語り始めた。

「俺は西部地域の村の出だったんだ。親父が死んで何年かたつと今度はお袋が病気になった。薬代に困っている時に兵士の募集がきた。領主の跡目争いで二人の息子が兵力を増やそうとかき集めていたんだが、むろんそんな事情はどうでもよかった。とにかく金が欲しかったんだ」
「こんな体格だったからむろん村の自警団で剣を振るったことはあった。野盗や敗残兵と戦ったことも一度や二度ではなかった。だからそんなつもりで戦に出た」

 ボルドフは言葉を切った。再び口を開いたとき、声には苦渋の色がにじんでいた。
「だが、戦は予想していたのとは全然違った。自分の故郷や家族を守るのとは。領地の主導権争いだったから勝ち戦のときは村や領民に対する配慮も一応見せたりしたが、負け戦で撤退するときがひどかった。敵の拠点となるのを防ぐために村を焼き払うのが常道だった。野盗よりひどいとしか思えなかった。野盗は生きるために物を奪おうとするが、あれは敵の手に渡すまいという思惑一つで村とそこに住む者の暮らしを根こそぎ破壊することでしかなかったから。レドラス軍の虐殺に比べれば生ぬるいとはいえ、それでも俺には耐えがたかった」

 ボルドフがわざわざ身の上話を始めたのは、自分にこのことを伝えたかったからだとアラードは悟った。若き日の師もまた戦の非道をまのあたりにしたのだと。

「そんなときお袋が死んだという知らせがきた。俺は軍を脱走した。だから村には戻れなかった。行くあてもなくさまよった末に俺はさびれた寺院にたどりついた。ほとんど忘れられていたその寺院こそラーダ教団の西の拠点の一つだった。そこの神官にアルデガンの話を聞いて、どうせなら人間より魔物相手に戦いたいと思ってこのレドラス領を通って北の王国まで旅をしたんだ。今とちょうど反対向きに」

 ボルドフは行く手を指さした。
「ここからしばらくはこのままの大草原だ。ところどころに村が点在しているし、遊牧民たちも家畜と共に旅をしている。彼らに魔物の情報を聞きながらどんどん南下すれば広大な砂漠に出る。そこで西か東かのどちらかに進路を変えるはずだから、どっちに行ったか特に念入りに情報を集める必要があるだろう」


 彼らは旅を続けたが、ボルドフの言葉どおりどこまで行っても浅い緑の海原のように草原は続いていた。国境ははるか彼方へと遠ざかり、アラードを悩ませた地獄の光景の印象もしだいに薄れ始めた。そして初めて見た外界への驚きがあのおぞましい記憶に取ってかわった。草原に暮らす様々な人々との出会いはなにもかもが新鮮だった。水辺にささやかな畑を耕す者、枯野に火を放ち芋などを育てる者、質のいい牧草を求めて羊の群れとともに青草の海原を旅する者。彼らの暮らしぶりに赤毛の若者はことごとく子供のように目をみはった。

 そして、彼らの暮らしがアルデガンを出た魔物たちに乱された形跡はなかった。遊牧民たちが月の光を浴びて南下する黒い影の群れをしばしば目撃していたが、定住する者たちが襲われた例は見つからなかった。それはグロスの言葉があらわにした恐ろしい疑念がまだ現実のものになっていないことの証だった。

 滅びた村は地続きだったが、もはやはるか背後に遠ざかった。穏やかな旅路が続くうち、アラードの疑念もいつしか安堵の中にまどろみつつあった。

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