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2008年01月06日00:06

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続きのお話2 第3章

 第3章 戦禍の大地


 レドラス領の大半を占める大草原を、たった八人の兵士たちがひたすら馬を駆っていた。

 金色の髪と青い目の北方民族の徴を持つ彼らの姿は、あるいは勇壮で美しくさえありえたもののはずだった。
 だが、その鎧は北の王国の紋章も判じられぬほど汚れ、振り乱された髪も鈍く色あせていた。血走り狂おしく燃える目はむしろ赤くさえ見えた。
 たったいま、彼らは50人近いレドラス軍の一団を全滅させたばかりだった。流れ矢で仲間を一人失ったのに弔いもせず、敵の死体ともども打ち捨ててただ走り続けてきたのだった。風にさえ血臭が混じりそうな凶々しい殺気は魔狼の群れさながらだった。もはや人の放つ気配ではなかった。

 彼らがどこまで走っても焼け落ちた故郷は地続きだった。あの恐ろしい光景は彼らの魂に焼きつき、果てしなく身を駆り立ててやまなかった。彼らの村の惨劇は確かに現実だった。ならば行く手に次々と現れる光景はどれもがまやかしだった。そんなものが現実であってはならなかった。自分たちの故郷だけがあんな地獄と化すべき理由などあるはずがなかった。彼らは心狂わせつつも本能的に悟っていた。そんなことを受け入れたならば、不条理に軋む己の魂はその瞬間に砕け散ると。
 だから彼らは次々現れるまやかしを、自らの現実と同じ地獄にただひたすら塗り変えるしかなかった。



 ノールドからレドラス領内に侵攻した遠征隊を待っていたのは泥沼としかいいようのない状況だった。

 遠征隊が最初に向かったのは王城ドルンだった。つい十数年前にノールドとの国境近くに築かれたこの城はあの巨大な火の玉が放たれた拠点であったので、ノールド王宮はこの城の制圧または無力化を最重視していた。遠征隊の規模は城攻めには十分とはいい難いものだったが、レドラス軍が予想外の壊走を見せた今なら混乱を突いて攻めることも可能と思われた。もしもあの恐るべき火の玉をさらに放つ余力を残しているなら次こそ標的はノールド王城リガンであるはず。むりやり掻き集めた遠征隊に頼ってでも王宮としてはなにがなんでも攻めねばならぬ場所だった。

 その危惧は外れた。王宮にとっては幸いだった。
 だが、その判断の狂いは遠征隊とレドラスの民に悪夢と地獄をもたらした。

 ノールド王宮はレドラス王城ドルンの真の姿を知らなかった。自らの王城リガンと同じく国の中枢であると考えていた。だからここさえ陥とせば戦は自国の勝利に終わると思い込んでいた。
 だがこの城は狂気の魔術士ガラリアンを利用して巨大な火の玉を放った砲台にすぎなかった。その役目を終えた巨大な切り株のごとき建造物はもぬけのから同然に放置されていた。

 もしレドラスがノールド攻略に成功していれば遊牧民族が支配するレドラスもこの城を拠点とした国家形態を取り、対外的には他国を、領内に対しても領民を威圧する大いなる象徴にこの城をまつりあげたかもしれなかった。だがそうなる前にレドラス王の野望は潰え、王ミゲル自身もリアの牙にかかって死んだ。
 いまだにレドラスの支配形態は武力にまさる遊牧民族が広大な領地に点在する農耕民族の集落を周期的に収奪してまわるものにすぎず、ミゲル王が王城ドルンを拠点とした十数年の間に芽生えかけていた行政組織も王の死により崩壊した。遠征隊が到着したドルンは実体のない王国の空疎な城だった。屋上の魔術士の骸と同じくぬけがらと化していた。

 そのうえレドラス侵略軍の膨大な兵士たちはそれぞれの故郷に逃げ帰った者もいれば、そのまま野盗の群れと化し領内の村々を襲い争いあう者までいるありさまだった。大陸最強の軍事国家は権力のたがが外れたとたんに崩壊して巨大な混沌と化していた。遠征隊は勝利を宣言するための目標となるべき国家の実体が砕け散りあらかじめ失われた敵地に投入されたのだった。

 だから遠征隊は戦略も展望もなしに出会うもの全てと戦った。まわりは全て敵だった。もともとレドラスへの憎しみを煽られた者たちで構成された遠征隊はレドラス軍の残党も村を守るために鋤鍬を手に取った村人も見境いなく襲った。憎悪にかられ泥沼の殺し合いを続ける彼らは戦場の狂気に次々と冒された。指揮官が戦死すると遠征隊はついに瓦解したが、それも殺し合いの終わりを意味しなかった。凄惨さに耐えられなくなりぼろぼろの心身をひきずり故国をめざした者もいくらかいたが、似た者同士が寄り集まって野盗に身を落としたのがほとんどだった。体内で折れた蛇の牙さながらに彼らは広大な敵領をいつまでも毒し続けた。

 レドラスの人々はこれを蛮族の襲撃と呼んで憎んだ。ノールドから逃げ帰った兵士たちが伝えた魔物の群れの噂ともども北から襲いかかった大いなる災いとこれをみなした。



 だが、遠征隊の兵士の中で最も深く濃い闇に心狂わせた者たちの恐怖を伝える者はいなかった。永遠に喪われたものへの渇きに呪われた彼らは襲った相手を容赦なく全滅させた。十騎に満たぬ彼らの放つ凶々しい殺気を前に誰もがすくんだまま斬殺された。生きて逃れた者は皆無だった。彼らは眼前に現れる光景を、血しぶきと阿鼻叫喚に彩られた地獄図にひたすら塗り変え続けた。魂に焼きつけられた己の故郷の無残な現実と同じものに。

 その恐怖の騎兵を率いる者こそ、グランだった。

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