兵庫県立芸術文化センター中ホールで劇団チョコレートケーキによる「帰還不能点」を見ました。
劇団名は甘ったるいのに、上演作品はハードです。
https://www.geki-choco.com/next_stage/
昭和15年10月、首相直属機関として「総力研究所」が作られました。各官庁、陸海軍、民間などから選抜された若手エリートが集められました。
昭和16年の夏、このメンバーは模擬内閣を組織し、内閣総理大臣から各大臣の役割を分担して戦況の行方をシミュレーションしました。
舞台はまずこのメンバーによる模擬内閣から始まります。そして現在の国際情勢から、日本がアメリカと戦争するか否かという状況になっていますが、アメリカと戦争になったら必ず負けるという結論を出します。しかしその結論は顧みられることなく、その年の12月に真珠湾攻撃が行われてしまった…。
これがプロローグに当たります。
舞台は戦争が終わって5年後。ある小料理屋でおかみが準備をしています。この日は貸切りで、集まる時間の前に一人だけ来ている岡田と話をしています。岡田はかつて総力戦研究所の所員でした。そのやりとりから、おかみの夫が総力戦研究所の所員だったこと、おかみとは戦後出会って結婚したので研究所時代のことは何も話さなかったため何も知らなかったこと、そのため夫が亡くなってもかつての所員たちへ連絡できなかったこと、偶然岡田がそれを知り、かつての仲間に連絡を取って追悼会を兼ねてここに集まることになったことがわかってきます。
やがてメンバーが次々とやってきます。皆で久闊を叙し、追悼の杯を掲げ、思い出話に興じます。
そうするうち、当時の情勢について議論が始まります。さらに、おかみは普通の市民の感覚で「あの時どうしてこうなったんでしょうね」と素朴な疑問をさしはさむと、皆はそれについて当時の情勢を分析したり考えを述べたりし始めます。そこで始まったのはロールプレイング。それぞれが当時の総理大臣、外務大臣などの各大臣、陸軍、海軍の要人などの役割を分担して当時の状況を再現して見せることになります。
時の首相は近衛文麿。日中戦争を終結させるために蒋介石と和平交渉をしようとしますが、蒋介石が中国大陸に日本軍が進駐したまま引き下がるわけがありません。結局近衛は「国民政府を対手とせず」と言い放ってしまいます。そして汪兆銘による傀儡政府を立てます。
もう一人の重要人物は外相の松岡洋右。国際連盟を脱退して「堂々と退場」した人物です。松岡は日独伊三国同盟を進めます。そんなことをしたらアメリカに警戒心を起こさせるだけだと言われますがひるみません。どうやらドイツに行ってヒトラーと会談した時に魅せられてしまった模様。さらにドイツがソ連と不可侵条約を結んだと知って、日独伊にソ連を加えた四国同盟の構想を述べます。そのころドイツはフランスを降伏させてイケイケ状態。ドイツとイタリアとソ連でヨーロッパを掌握し、それに日本が加わればアメリカなど怖くない。
気宇壮大な構想を語る松岡洋右と、それに押されてその気になってしまう、少々意志の弱そうな近衛文麿。
しかも、近衛の役をやる人は一区切りごとに変わるのに(「お前がやれ」などと言われる)、人物像が一貫しています。
戦争を泥沼化させたのには、どうやらこの二人が一番問題がありそうです。
陸軍と海軍の方が冷静で、戦争になれば武器弾薬も兵隊も消耗するのでそう簡単に戦争を起こしてもらっては困る、という思考だったりします。ついでにこの当時の陸軍大臣は東条英機。
そのうち米英が日本に対して資源などの禁輸を実行し、日本はしだいに窮地に立たされていきます。そうなったら今度は資源を求めて東南アジアへの侵攻を始めることになり、そうしたら最終的に石油の禁輸に至ってますます日本は追い詰められます。アメリカとの和平交渉を試みたりもしますが、日本にとって都合のいい条件など受け入れられません。
総力戦研究所では対米開戦をすると必ず負けるという結論を出しましたが、政府ではもう「対米開戦やむなし」というのが既定路線になっていました。
ロールプレイがここに至って、元所員たちは「あの時は仕方がなかった…」という感慨を漏らします。
しかしおかみから素朴な疑問が投げかけられます。では何が悪かったんでしょう。どうすればよかったんでしょう。
でもあの時代はどうしようもなかった。自分たちにできることは何もなかった。
そうしてお開きになって解散していこうとしたところ、岡田はやっぱりそれで終わらせたくない、本当に他に道はなかったのか、と問いかけ始めます。皆はもうそんなことを言っても…という感じでしたが、しだいに「本当にそれでよかったのか」と考え始めます。自分たちにできることは本当に何もなかったのか?
これは観客に対する問いかけでもあります。特に昨今の状況をみますと、「帰還不能点」に達する前に何かしなくてはならないことがあるのではないか。
おそらく客席もこの問いを受け止めていたと思います。カーテンコールで出演者があいさつをして退場した後もなかなか拍手がやまず、しだいにバラバラだった拍手が音が揃っていって「アンコール!アンコール!」と訴えるようなリズムを取り始め、しばらくしてからようやく出演者が登場しました。想定外のアンコールだったのだと思います。観客がそれだけこのお芝居の内容を受け止めていたということでしょう。
このお芝居は配信もされます。ご興味があればどうぞ。(7月12日〜8月16日)
https://geki-choco.stores.jp/items/6a13092c4dcf6e95d0daac1c
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