サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」は不条理演劇の代表作。演劇好きなら知らないものはない(と思う)演目ですが、今に至るまで見る機会がありませんでした。それで、この企画を見て行きたいと思いました。
そうしたら、「ゴドーを待ちながらを待ちながら」という芝居も同時上演されるという。…見たいけど両方は無理。
https://ae-on.co.jp/godot2026/
なので「ゴドーを待ちながら」だけ見てきました。
舞台には抽象的なオブジェだけです。設定では「田舎の一本道で、木が1本生えている」ということですが、田舎らしき光景もなく、木もオブジェみたいなのが立っていて、それを見て登場人物が「木だ」と言ってるだけ。
エストラゴンとウラジミールの二人があまりかみ合っていない会話をやり取りし、時おりエストラゴンが「さあ行こう」と言って歩き始めると、ウラジミールが「だめだよ」「どうして」「ゴドーが来るのを待たなきゃ」「あうー」という会話が何度か繰り返されます。
そこへ通りかかるポゾーは使用人を縄でつなぎ、居丈高に命令します。そしてこの二人はポゾーとやはりあまりかみ合わない会話をして、感情がもつれていく。
結局二人はゴドーが来るのを待つだけで、何も起こらない芝居。
2幕になりますと翌日です。「木」のオブジェに葉が出ています。それを見て、昨日はなかったのに葉が出てきたというセリフがあり、変化したのはそれぐらいということかと思います。そして二人は昨日と同じようにゴドーを待ち続けるだけ。
舞台写真が見られるページ
https://enbutown.com/joho/2026/02/02/godot-double-open/
それで、この二人は会話らしい会話もしてないんじゃないかと思う。キャッチボールができてなくて、自分の言いたいことを勝手に言ってるだけだったり、トンチンカンな返しをしたり。
それでも生声の生の舞台を見ているだけで、「舞台を見たー」という気になりました。退屈もしませんでした。目の前で起こっていることを見ていればいい、解釈は不要、みたいなスタンスなのかなと思いました。
でも演じている方は大変だろうなと思いました。脈絡がない、話も進まない、こんなセリフを順番にちゃんと言えるように稽古するのは大変だと思います。どこかで詰まったら思い出す手がかりもつかめないんじゃないか。
さて、この舞台を思い返していたら「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」という芝居を思い出しました。こちらも二人の男が不毛の会話を続けてうだうだしているだけ。一応「ハムレット」のパロディなので、「ハムレット」で起きていることは起きるから「何も起こらない」話ではありませんが。
そうしたら、Wikipediaにちゃんと「ゴドーを待ちながら」との類似が指摘されている、と書いてありました。
ただ「ハムレット」では、ローゼンクランツとギルデンスターンは死ぬので、二人の運命もそうなるんだろうと思われますが、「ゴドーを待ちながら」の二人は死に損ねます。いつまでゴドーを待ち続けてうだうだやっているのでしょうか。
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