mixiユーザー(id:1362523)

2024年11月18日01:21

64 view

国宝十一面観音めぐり(5)大御堂観音寺

ホテルの朝食は和洋ビュッフェ。出発は8時ですが、ホテルが混んでいるので、私たちのツアーは7時までにレストランに入ってください、ですと。早起きは苦手…。
ギリギリまで寝て、とりあえず服だけ着ました、と言う状態でレストランへ。荷造りは朝食の後にしよう。

2日目はまず大御堂観音寺(おおみどうかんのんじ)へ向かいます。
京都の南部になる南山城地域はかつては山城国(やましろのくに)といって、木津川の水運で栄えた地域です。聖武天皇が恭仁京を置いた時期もあり、お寺がいくつか点在しています。いずれも奈良時代〜平安時代から続く名刹です。
奈良市を抜けて北上していきますと、のどかな田園風景が広がっていきます。

駐車場でバスを降りてお寺に向かって行きますと、田園風景の中に伽藍の屋根が見えてきます。
山門を入ると本堂があります。

観音寺は天武天皇の勅願から始まり、聖武天皇の時に良弁の弟子である実忠を第一世とするということです。初代の住職ということですかね。興福寺の別院でもあり、平安時代には藤原氏の庇護を受けていました。

本堂の前からお坊さんの説明が始まります。
本堂の欄干に青い大きな竹が斜めに立て掛けられていて、「お水取り御用」の札が掛けられていました。東大寺のお水取りにたいまつに使われる竹は、今でもこの地域のものが使われているのです。竹は根の付いたものでなくてはならないと言い、確かに見ますと土の付いた根が付いているのが見えました。

そうして本堂に入ります。十一面観音を納めた厨子の前に、荘厳具やお供えが並んでいます。その前に座ってお話を聞きます。
この地域は、今は京都の南と見られていますが、奈良時代から都の北辺にあたる地域でした。その頃は京都にはほとんどお寺もなく、あるのは広隆寺ぐらい。なので奈良のお寺との関係が深いのです。このお寺も聖武天皇の時の僧、実忠を第一世としています。
この十一面観音は木心乾漆です。国宝の十一面観音としては、聖林寺のものと同じ技法になります。乾漆の技法で作られているということは、やはり奈良時代に作られたもので、当初から本尊として祀られました。
観音様は蓮の台座に乗っています。台座が無ければ「台無し」です。これが「台無し」の語源です。…知らなかった。

この像はお供えスペースと厨子の間に隙間があって、そこまで行って間近に見ることができます。
う、美しい。蓮の入った花瓶を持ち、流麗な天衣に均整の取れた姿態。すてき〜。

片隅でお寺の人が物品販売。絵葉書とかはないんですが、「南山城の古寺」というガイドブックを売っていました。観音様の写真もちゃんと載ってますよー、と見せてくれるので買ってしまいました。十一面観音の写真はこの冊子から。ほかにもアップの写真もあります。
さらに、国宝十一面観音七体が並んだ写真が置いてありまして、写真を撮ってもいいですよ、というので撮影。

駐車場に戻りますと、横にある売店で小さい紙コップにお茶が用意されていました。山城の国はお茶どころでもあるのです。売店でも売っています。普段私が飲んでいるお茶とは全く違う上等な味がしました。
4 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年11月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930