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2024年10月26日01:09

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イスラム教って何?

先日、日記にも書きましたが東京ジャーミィへ行ってきました。そこで「ご自由にどうぞ」というパンフレット類がいくつかありました。そのうち新書のちょっと分厚いやつ、ぐらいの冊子がありました。「これもいいの?」と思いながら手に取ってみました。イスラム教のことがもっとわかるかも、と思って持って帰ってきました。

「最後の啓示宗教 イスラーム」というタイトルです。
イスラム教についてはある程度知ってはいますし、テロリストだとか危険な宗教だとは思っていません。しかしイスラム教徒はなぜイスラムを信じるのか、何を救いとしているのか、いまいちよくわかりませんでした。なので知りたいと思ったのです。

そうしてこの本を読んだら、イスラム教のことがよくわかりました。今まで本当にイスラムのことを理解していなかったんだなと思いました。

イスラム教の基本はとてもシンプルです。
「アッラーのほかに神は無し。ムハンマドはアッラーの使途である」。
これを真実とし、これを告白すればイスラム教徒。
アッラーのみが尊く、アッラーと信者の間に聖職者が介入することはありません。なのでイスラム教には職業的聖職者はいません。全ての判断はアッラーにゆだねられます。これが「インシャー・アッラー」という言葉に通じるのだなと思いました。

イスラム教は全ての人を招いています。民族、肌の色性別などの区別はなく誰もが慈悲深いアッラーのしもべです。

このあたりはまあわかります。

イスラム教は1日5回の礼拝、金曜日の大礼拝を行います。

1日5回も大変だなーと思いますが。

礼拝をすると心が清らかになります。
礼拝の前には手、口、足などを泉で清めます。なのでモスクには泉が付いています。
礼拝は、人を悪事や怒りから守り、自我の欲求に対する効果的な薬になります。本当の礼拝をしていれば、人の心は悪事から遠ざけられます。
といったところで、「礼拝は犯罪を防ぐ」と言う検証が行われたことまで書いてあります。モスクで礼拝が行われる町での犯罪率は、行われない町よりも低いらしい。
仕事や勉強をしている時、礼拝をすると心が平安平穏に満たされリフレッシュできます。

なのでムスリムには礼拝が必要なのです。決まりだからじゃなくて、自分に必要なので礼拝をするんですね。

また、イスラームは節度や均衡性に大きな重要性を置いています。この世のすべてはアッラーが創造したものです。どちらかが重要で、どちらかが重要でない、と言うことはありません。バランスが大事。常に中道を選択すること。

イスラームは学問を奨励します。学問が発達すればするほどアッラーの偉大さ、英知の無限さが明らかになります。
ムスリムは征服した全ての都市にモスクを作り、学校、図書館、浴場、食堂を建設しました。そして学校では医学、天文学、地理などが教えられました。

…なるほど、イスラム帝国で科学の学問が発達したことがわかるような気がします。中世ヨーロッパでは学問は神学が優先されましたが、神を尊いとするにしても全く違う方向に行ってますね。教会や聖職者の権威が優先されたためでしょうか。

さらに、公正さを重んじるため、敵に対しても公正にふるまうことが求められます。
「人の権利を尊重する人は、ムスリムであろうとなかろうと、その人とムスリムが一つの社会で生きることが可能です」。

アッラーは、意志の自由に干渉はされません。皆自由意思によって選択を行い、選択の結果も自らで引き受けるのです。「宗教に強制があってはならない」のです。強制は人を分裂に追いやるからです。
全ての裁きはアッラーが行います。人が強制的に何かをさせてはいけないのです。

また、ムスリムは社会生活に思きを置きます。集団でおこなう礼拝から、葬儀、結婚式、病人への見舞、助けを必要とする人とかかわりを持つこと。その中で忍耐を求められることもありますが、そういった重荷に耐えるムスリムには大きな報償が約束されます。
「人々の間に混じり、その苦労に耐えるムスリムは、彼らに混じらず、その苦労に絶えないものより尊い」。

イスラム教って意外と現実的な宗教なのかもしれません。
1人で苦行に耐えたり修行をしたりせず、社会活動をすること、学問をしたり生計を維持するために働き、富を得たら施しをして、礼拝で心を平穏に保つ。正しい生活を人に伝え、過ちから遠ざかること。観念の世界ではなく、現実の生活の方法です。

また、イスラムでは清潔さを重要視します。礼拝の前に身を清めるのはもちろん、環境の美化にも関心を払うこと。そのためにきれいな水が得られる環境を重視します。髪やひげも常にきれいに整え、ボサボサにしていてはいけません。

イスラム帝国が急激に広まった理由が何となく納得できるような気がします。
征服した町でモスクを作り、そのそばに泉を作り、公共施設を整える。宗教の強制はせず、常に公正な態度で人々に接する。
イスラム教徒はイスラム教は寛容な宗教だと言います。シンプルな教え、寛容な信者、住みやすい町作り。なので、征服先では大きな抵抗が起こることもなく人々はイスラムを受け入れていく…。

また、クルアーン(コーラン)について、その成立事情が書かれています。
クルアーンはアッラーの啓示です。ムハンマドが自分で言った言葉は「ハディース」にまとめられており、アッラーの啓示とは厳密に区別されます。ムハンマドは啓示を受けると書記たちに書き取らせました。クルアーンの章句は書き留められて広まると同時に暗誦もされました。ムハンマドが亡くなった時、クルアーンは1冊の本にまとめられました。その際クルアーンの章句を書きとらせた文書を持っている人すべてに対して、ムハンマドが正書法で書かせたものだという証言が得られるものを集めて確実なものとしました。このクルアーンはこの時から一字一句変わらず伝承されているのです。

最後はムハンマドの伝記です。
ムハンマドがどれだけ慈悲深く謙虚でであったか…。
自分のことを「アッラーのしもべ」と言い、神聖化することを決して許しませんでした。

ということで、イスラムとはどんな宗教か、がわかったんですが。

しかし原理主義者というのは何なんでしょうね。寛容さと言うものがまるでありません。

例えばジハードつまり聖戦とは「異教徒をやっつける」のではなく、イスラムの信仰を邪魔するものに対して戦うことです。異教徒でも邪魔をしなかったらほっておかれます。イスラム帝国では税金が掛けられていましたが、生活を脅かされることはありませんでした。

テロの実行犯を調べますと、欧米で教育を受けたり働いたりしていることが多く、その中でイスラムに対して偏見があったり信仰を保つことを阻害されたり差別されたりした経験したため、かえって原理主義的な傾向に走ってしまった…というこことがあるそうです。そうしてイスラムの信仰を妨げる者たちへの攻撃を始めることになります。
ただ、実行犯は所詮は実行犯で、その人たちに指示を与える上部組織があるのです。自爆テロをすれば天国でアッラーに迎え入れられると何とか吹き込んで。一体何が目的でそのようなことをさせるのか。

アフガニスタンではタリバン政権が崩壊した時は、人々は一時自由を手に入れました。しかしタリバンが復権するとまた逆戻りです。特に女性は一人で外に出ることもできず、女の子は学校へ行くこともできなくなりました。そんなことを禁じるのは本当にイスラムの教えなのでしょうか。

イランではヘジャブのかぶり方が不適切だとして女性が逮捕されました。それに抗議した人たちがデモをしましたが、皆弾圧されました。

真面目なイスラム教徒に聞いてみたい。
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