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2024年09月19日01:12

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新選組誕生の地・壬生を歩く

カルチャーセンターの現地講座で「新選組誕生の地 壬生を歩く」に行ってきました。
京都で新選組ゆかりの地に行ってみたいなと思うことはあったのですが、行き方や見どころなどを調べるのが面倒でなかなか…。ということで、講師付きで連れて行ってもらえるのならいいなと思って参加しました。

集合は阪急大宮駅。ここから徒歩で回ります。
まずは光林寺。
ここは頼山陽の葬儀が行われた場所です。頼山陽の「日本外史」は幕末のベストセラーで、近藤勇も愛読していました。さらに近藤勇が頼山陽の書を一生懸命真似て、そっくりな書体の漢詩を書いて佐藤彦五郎に送ったものが残っているということです。

そこから少し歩いたら光縁寺です。(左の写真)
ここには山南敬介の墓があります。そのほか新選組隊士の墓がいくつかあったのですが、墓地部分の工事などで移設されました。
山南敬介がここで眠っている…ということに感激して手を合わせました。
本堂に上がって、講師の先生の説明がありました。このお寺のことだけでなく新選組のこともいろいろ。子母澤寛の功罪についても言及がありました。子母澤寛は「新選組始末記」で、それまで賊軍として貶められていた新選組のことを世間に知らしめる役割を果たしましたが、フィクションもいろいろ含まれており、史実との混乱が生じました。

このあたりは細い路地が続いています。昔はこういった道幅が普通だったのでしょうか。
途中横道を示して、この向こうに新選組の厩舎があったと言います。壬生の屯所からここまで歩いて馬に乗って出かけたと。ここからは帰ってきて馬を厩舎に戻して屯所に戻る道筋を追体験しましょう…というので、この道は近藤勇や土方歳三が通ったのかーと感慨に浸ります。

さて、その屯所となった旧前川邸。もう一つの屯所である八木邸は「八木邸」ですが、前川邸は「旧前川邸」です。何度か主人が変わっているからです。
ここのみどころは、家懸田や事件の元となった、古高俊太郎拷問事件のあった土蔵が残されていることです。普段は公開していませんが、今回の講座で特別に中を見せてもらえることになりました。

両替商だったことで、土蔵は厳重に作られました。入り口の扉は四重。入ると板張りの床の一部が外してあり、その中の下の方に四角い穴が開いています。隠し金庫になっているのです。この上から石のふたをして戸板を渡すと中に何があるかわかりません。この穴の上部の二階の床が外せるようになっていて、二階から滑車と縄が降りています。金庫を昇降させるために使われたものです。今は床板ははずされて、一階と二階が相互に見渡せます。
その縄と滑車を利用して、土方歳三は古高俊太郎を拷問しました。…ここがその場所か…しみじみ。
二階の窓を開けると八木邸が見えます。今は木で見えにくくなっていますが、当時ははっきりと見渡すことができたということです。

懇切丁寧な解説付きで非公開の場所を見られる…カルチャー講座ならではです。

旧前川邸にはお土産屋さんもあります。新選組グッズがいろいろあります。土方歳三のフィギュアなどもいくつかあり、こういうものを部屋に飾り始めたらヤバイかも…と思いました。

旧前川邸の塀をめぐって進むと、新徳寺があります。
江戸で集められた浪士組の一部の宿舎となった所です。そこから眺めるだけですが、その奥に清河八郎が演説をした本堂があります。

そこから八木邸を横目で見て壬生寺に行きます。
当時のままの表門からまっすぐ奥に本堂が見えます。よくテレビなどで見たロケーションだー。
本堂を外から眺めて、壬生塚の方へ行きます。

おお、写真やテレビでよく見る近藤勇の胸像がある!
その横に近藤勇の遺髪塔。
そして芹沢鴨の墓。
池田屋事件で亡くなった隊士などの合葬墓。

そこから段を降りると、2023年に建立されたばかりの土方歳三の胸像があります。建てられたというニュースを聞いて、見てみたかったのです。…本人の写真よりもちょっと面長な感じがします。講師の先生もちょっと似てませんね…と言います。
また、地下には壬生寺歴史資料室があります。お寺ですので、仏像がたくさんあります。レプリカの「誠」の旗、新選組の隊服もあります。

壬生寺の見学が終わると、少し時間オーバーで講座は終了しました。

壬生界隈に、新選組がいたんだなあ、と実感がわくようになりました。
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