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2024年04月11日22:04

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痩せた猿が誘蛾灯の下で


痩せた猿が誘蛾灯の下の小さな檻の中で陳腐な引用と比喩だらけの言葉を吐いていた、のべつ幕なしに並べ立てていたがそれは一言も俺の興味を引くようなものではなかった、生まれてこのかた名前も聞いたことが無いようなコンビニエンスストアの入口のそばだった、俺はちょっとした食いものとシェービングクリームを買うついでに長い長い夜の散歩に出てこのコンビニを見つけ、そして誘蛾灯の下でハリウッド臭い青色に染まっている痩せた猿を見つけたのだった、あんた、ねえ、あんた、と痩せた猿は俺を見つけるとしきりに俺の興味を引こうとした、あとで、と俺は答えて買物をするために店内に入り少し時間をかけて食いものを選び、いつも使っているシェービングクリームを探したが見つからなかったので適当に同じくらいの値段のものを選んでレジへ行った、他に客も見当たらなかったので入口の猿はなんなのかと尋ねてみた、ああ、店員も退屈していたのか無駄話が出来ることを喜んでいるようだった、なんてことはないですよ、ろくな言葉もないくせに自分を人に誰かに認めてもらおうとしてるんです、そこの山から下りてきてここまで、道中出会う人間を下らない話につきあわせるんです、駐車場をうろついている間はまだよかったんですがね、店の中まで入り込んできてお客さんとか、接客中の店員にまで話しかけてくるようになって、目に余るようになったんでバイトの交代のタイミング、店内に店員がたくさん居るタイミングで、入口の自動ドアの電源を切って―もちろん入口に「煩い猿捕獲中、少しお待ちください」という張り紙を出してね―五人で追いかけ回して捕まえて檻に入れて置いてあるんです、まあ、もう店に迷惑をかけないと約束出来るならそのうち離してやろうと思ってるんですけどね、いまのところまだ信用出来ないんでああしてさらしもんにしてるってわけなんですよ、いつもあんなことばっかり喋ってるのかと尋ねると、そうですね、と店員は答える、なんていうか、すげえつまんないんですよね、とうんざりしたような顔で店員は肩をすくめた、まるで面白くはないね、と俺も同意した、なんにも知らないのにわかってるふりをしてるような感じがする、と俺が続けると、ほんとそうなんですよね、と顔をしかめる、駐車場の端っこにでも置いとけばいいじゃない、と言うと、そうすると、汚い声で鳴き喚くんですよ、大変だね、と俺は返す、ええまったく、と店員、いっそあのまま川にでも放り込んでやろうかと思うんですけどね、と苦笑い、俺も笑って彼を労い、店を出た、あんた、ねえ、あんた、と猿がまた話しかけてきた、俺は少し立ち止まって少し話を聞いてやることにしたが少しも面白くないので五分もせずに飽きた、悪いけどもう帰るよ、と猿に告げ、まだなにごとか喋ってるのを無視してその場を立ち去った、それから二日間の休日を過ごし、数日の仕事をこなし、休日前の夜、あのコンビニの猿はどうなったかなと思い、小雨の降る中ビニール傘を差して長い散歩に出た、確かこのあたりにあったと思いながら歩いたが、不思議なことにまるで見つけることが出来なかった、適当に歩いていたから記憶違いかもしれない、そう思いながら違うコンビニで雑誌を何冊か買って家に帰った、それからしばらくは仕事とプライベートの雑事に翻弄され、散歩をする気にもならない日々が続いた、それらがようやく一段落ついたとき、俺は久しぶりにあのコンビニと猿のことを思い出した、けれど、おおよその方角以外まったく思い出すことが出来ず、夜明け近くまで彷徨った挙句、ある街の外れの山道のそば、だだっ広い更地の中に錆びて変形した檻がぽつんと置かれているのを見つけた、眠気と疲れのせいで何が起こっているのか理解出来なかった―数ヶ月は空いた―その間に、ひとつのコンビニが閉店し、建物は取り壊され、更地になる…充分に起こり得ることだった、でもこの檻は、この錆び具合は、数十年近くここに捨て置かれたものに見えた、あのとき買った食いものもシェービングクリームも、至極まともなものだった、そんなことあるだろうか?ネットに蔓延るよくある話で終わらせるには、納得のいかないことが多過ぎた、なにより、俺は一度も疑問に思うことは無かったのだ、コンビニの入口の誘蛾灯の下で、べらべらと日本語を喋り倒していたあの猿のことを…夢を見た、そんな話で終わらせたかった、でもこの檻は―あの猿はどこへ行ったのか、退屈そうにしていた店員は―東の空が白み始めていた、俺は不意にそんな夜明けに飲み込まれそうな気がして、慌ててその場を離れた、小さな街の寂れたラブホテルにひとりで入って少しの間寝かせてくれと頼み料金を払い、昼過ぎまで眠った、世界は平気で嘘をつく、目覚める前に見た夢の中で誰かがそんなことを呟いていた、起こったことをそのまま受け入れるしかない、諦めてホテルを出て、バスに乗って自分の街に帰った、現実には隙間があるのだ、いつかもしかしたら、あの檻の中に自分自身が潜り込んで近くを通りがかる連中を片端から呼び止めているかもしれない、それはやはり夜だろうか、それはやはり誘蛾灯の下だろうか、見慣れた帰路がまるで違う道に思えた、道の向こうから吹いてくる風が、もうすぐ雨が降るだろう生温さをまとわりつかせていた。

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