〈続き〉
◆小山清茂《管弦楽のための木挽歌》(1957)
小山清茂(1914-2009)は長野県の山奥で生まれ育ち、日本の民謡を採集して作曲に利用した。
1954年、佐賀出身の三好十郎台本のNHKラジオドラマ/音楽劇『破れわらじ』が放送された。その中では、三好十郎が小山に教えた九州民謡が使われた。
そのメロディを用い、一種の変奏曲形式としてこの曲は2管編成の管弦楽のために作られた。
4部で構成され、第1部〈主題〉、第2部〈盆踊り〉、第3部〈朝の歌〉、第4部〈終曲〉となっている。
・第1部〈主題〉
ヴァイオリンとヴィオラによるスル・ポンティチェロの瞬発的な不協和音の掛け合いがノコギリの音のように聞こえる。
それを伴奏にして、チェロが独奏で懐かしくもの悲しい旋律を歌う。
・第2部〈盆踊り〉
ユーモラスな祭り囃子の笛や太鼓が聞こえてきて、盆踊りの輪が広がる。
・第3部〈朝の歌〉
木挽歌は都会にも聞こえてくる。静かな朝、出前持ちが口笛で木挽歌を歌い等するうちに雑踏が広がってくる。快活な硬質の打楽器の音も加わり、そしてフルートの明るいメロディも。
・第4部〈終曲〉
スネアドラムのアレグロの連打にトランペットが変奏を勇壮に繰り広げる。
ティンパニのソロのあとリテヌートし圧倒的なクライマックスを築く。
強烈なタムタムに弦の弱いハーモニックス、その余韻の中、バスクラリネットが再度主題を独奏して、静かにエンドを迎える。
◆大栗裕《大阪俗謡による幻想曲》(1955)
大栗裕(1918-82)は、小山清茂の4歳年下。小山が長野県の山奥で静かな民謡と伴に育ったのに対し、大栗は大阪船場の小間物問屋に生まれ、都会の賑やかな祭りを愉しんだ。
この曲は当初譜面に〈大阪の祭囃子による幻想曲〉と書かれていた。
大栗は高校時代に吹奏楽でホルンに打ち込み、東京に出て日本交響楽団(現N響)の首席を務める。
同じ関西出身の朝比奈隆とは東京時代から親友となる。
朝比奈が指揮者として1956年6月にベルリンフィルに招かれる事となり、それを契機として大栗は前年にこの曲を作った。
1956年5/28、朝比奈の指揮により関西交響楽団で日本初演、翌月、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団とベルリンフィルで海外初演となった。
曲はアンダンテの序奏とアレグロの主部で構成されている。
序奏は荘厳な神事を思わせる。強奏のあと、弦によるオスティナートが始まり、管楽器が絡んで盛り上がったのち次第に遠ざかる風情。
アレグロになって主部に入り、3つの動機が提示される。
最初は天神祭りのチャンチキ、だんじり囃子のリズム。
次は木管によって奏される大栗オリジナルの歌謡。
3つ目はピッコロによる、生國魂神社の夏祭りにおけるユーモラスな獅子舞囃子。
中間部はアンダンテとなり、ピツィカートに乗ってオーボエやフルートが歌う。
アレグロに戻ると、3つの動機が繰り返し現れ、コーダはプレストにテンポを挙げて渾然一体となり、熱狂のうちにエンド。
◆伊福部昭《交響譚詩》(1943)
伊福部昭(1914-2006)は北海道の釧路で生まれ、小学生の頃からアイヌと接し、彼らの生活･文化に影響を受けて育った。北海道大学は農学部に進み、音楽については、演奏も作曲も独学である。
21歳の時に作曲したオーケストラのための《日本狂詩曲》は極めて斬新で独創性に富み、パリのアレクサンドル･チェレプニン賞で第1位を受賞する。
《交響譚詩》は、第2次大戦下の1942年に亡くなった次兄への追悼の思いで作曲した。
次兄は東京の日本軍秘密実験施設で原子爆弾の研究に加わっており、死因は放射線障害であった。
完成は翌年、日本ビクター主催の管弦楽コンクールで第1位となり、そのSPレコード(山田和男指揮/東京響)は文部大臣賞を獲得した。当時の若い作曲家達に大きな影響を与えた。
伊福部はその時こう言った、「われわれに内在しているが、まだ歌われたことのない歌声を喚起したい」。
この曲は2つの楽章でできているが、第2楽章には、前述の《日本狂詩曲》を提出するに当たって、コンクールの応募基準に合わせるためにカットした第1楽章《じょんがら舞曲》の部分を改作して組み入れている。
・第1楽章〈第一譚詩〉アレグロ･カプリチョーソ
激しい強奏で快活に繰り返される律動的な第1主題とオーボエソロで始まるもの悲しい第2主題とで構成されている。
・第2楽章〈第二譚詩〉アンダンテ･ラプソディコ
田畑の土壌のために施される土踏みを思わせる重厚な動機が反復され、旋律性を強調する。
戦後は東京音楽学校(現東京藝大)に招かれ、日本の現代音楽史に名を残す作曲家達(芥川也寸志,黛敏郎,松村禎三,矢代秋雄ら)を育てた。
また91歳迄長生きし、独創的な楽曲を幅広いジャンルに多作。
◆外山雄三《管弦楽のためのラプソディ》(1960)
外山雄三(1931-2023)はN響、大阪フィル、名古屋フィル等多くのオーケストラで指揮者として活躍したが、東京音楽大学は作曲科を卒業した。
《管弦楽のためのラプソディ》は1960年のN響欧州演奏旅行の先々で演奏すべく、日本の音楽の特徴を活かして作曲された。
日本各地の民謡《ソーラン節》《炭坑節》《八木節》等のメロディを引用し、和のパーカッションを加えて巧みなオーケストレーションを施している。
日本のオーケストラ作品としては、群を抜く演奏回数であろう。
初演は盟友とも言うべき岩城宏之で、専ら演奏されるのは彼によるカットを踏まえた改定版。
急緩急の3部形式で、前奏のスピードに乗った拍子木の乾いた連打から痛快この上ない。
アレグロ･ヴィーヴォで《あんたがたどこさ》を主旋律に出て、対旋律に《ソーラン節》が用いられるというポリフォニックな面白さ。更に、《炭坑節》《串本節》と次々現れてピークを作ると、一旦静まる。
アダージョになって鈴の音に続きフルートがまるで尺八のように《信濃追分》を静かに歌う。節を回すフルート演奏は日本人奏者でなければ難しいだろう。
これをアレグロ･エネルジコで拍子木が打ち破り元気な《八木節》へ突入。
ハープのグリッサンドでコーダに入り、スピードに乗ったままトゥッティの強奏でエンド。
常々のクラシックコンサートとは異なる愉悦に満ちて、帰りの電車の中でも、頭の中を《八木節》等がくるくると回った。
全て日本人作曲家によるプログラムだったが、前半は21世紀のコンテンポラリー、後半は戦中から戦後15年迄の時期に集中して書かれている。
小出の作品以外は、日本の民謡等から素材を引用したり、和楽器を使ったり、世界の中で、比較的直接的に日本らしさ(これも一種の地方性)を発揮している。
それでも、不協和音やジャズのリズムを織り交ぜる等、新しさを工夫するあとが作曲家それぞれに見られ、その時代性と地域毎の特性、個性に興味を惹かれた。
〈参考資料〉
・プログラム「名古屋フィルハーモニー交響楽団 2023-24 season 2月号」
執筆 小出稚子,柴田克彦,西耕一
発行 2024年2/9、名古屋フィルハーモニー交響楽団
・CD
沼尻竜典/都響〜「日本管弦楽名曲集」/2002
・YouTube
外山雄三/N響〜《管弦楽のためのラプソディ》/1983
アンドレア･バッティストーニ/東京フィル〜《同》/2020
原田幸一郎/新交響楽団〜《交響譚詩》/1993-94
田中良和/札幌響〜「伊福部昭音楽祭」/1997
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