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2024年02月17日12:00

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二兎社『パートタイマー･秋子』永井愛/沢口靖子

2/12(月)、穂の国とよはし芸術劇場PLATで、二兎社公演『パートタイマー・秋子』を観る。

永井愛が2003年に青年座のために書き下ろしたシナリオで、同年、黒岩亮の演出により本多劇場で初演された。(*)
今回は同じシナリオを永井愛自身が演出し、二兎社として全国15ヶ所で公演する。
1/12、東京芸術劇場シアターウエストからスタート、ここ豊橋が4番目。ラストは3/16,17に石川県七尾市の能登演劇堂で行う計画だったが、地震の影響で残念ながら中止となってしまった。

(*)21年前の青年座公演の主役秋子は高畑淳子。本公演では沢口靖子が当たる事となった。

◆第1幕

物語の場所は東京都下に7店舗を有する中小地場スーパー”フレッシュかねだ”、その2階従業員控室。
最近は大型スーパーの進出により、売り上げも客入りも芳しくない。
本社は新店長として恩田俊夫(亀田佳明)を送り込んできた。
その他の店員は、副店長を含め全員が非正規である。

今日初日を迎えたパートタイマー樋野秋子が、一人控室で挨拶の仕方を練習している。その大真面目な風に客席から笑いが洩れる。
秋子は高級住宅地成城に住む専業主婦だった。大学と高校、2人の息子がいる。
夫が営業部長として務めていた会社が倒産、再就職先が見つからない状態が続いており、生活のためにはやむを得ず秋子がパートタイマーとして働く事になったのだ。
元セレブの奥様としては、見栄があり、近所の人達に知られまいと、離れたこのスーパーに1.5時間もかけて通う事にした。

世間知らずの秋子は当惑する事になるが、ここは家庭、学校、町内、会社等、人が集まるところには何処にでも当てはまる社会の縮図の様相を呈していた。
店長は本社からの使命が絶対で、店員の人間関係も充分に把握しないまま、改革に向けた指示をあれこれ出す。が、古株の非正規社員らはこれ迄の微温湯的なやりかたを枉げたくないため徒党を組んで反抗する。
遅刻したら代わりに誰かがタイムカードを打刻する、特売商品はレジを通さずこっそり持ち帰る等、一種の既得権みたいになっていた。

恩田店長はタイムカードやレジのチェック、万引き防止月間の設定等、管理強化を推し進めようとして対立が激化。
パート社員らを1人々々懐柔する等、徒党の分断を図りもする。その余波で、店員間でいじめや無視が発生する。
古株リーダー格の春日勇子(土井ケイト)は、ある事ない事、内部告発状を書いて本社に送り、新店長追い出しさえ目論む。

管理強化をしても客入りが増える訳ではない、売り上げも伸びない。
しばらくすると、店長は秋子を精肉コーナーに回し、利益確保のため、密かにリパックを依頼する。即ち、賞味期限の改竄や、内容物の入れ替え等である。
秋子が断ろうとすると、店長は特別手当を８万円出すと秋子の足下を見る。
どうやらリパックは前からやられていたらしい。
罪悪感からそれに堪えられなくなって辞めていった若い店員もいた。彼は引き籠り状態になってしまった。

こうしたディストピア的様相を、永井愛は軽くコミカルに描き出す。
意外にも、沢口靖子はコミカルな演技が抜群だ。
キャスティング理由を永井はこう言う、
「手練れのコメディアンと違って、まっしぐらに真面目にやるから(却って)爆弾級のおかしさ。こんなに笑わせてくれる沢口さんを知らないのはもったいない」。

秋子は店長のリパック要請に悩み、貫井康宏(生瀬勝久)に相談する。
貫井は元某住宅メーカーの企画部長をやっていた人物だが、リストラでクビになり、当スーパーで品出し担当(やはり非正規)をやっている。
秋子と貫井は、似た境遇からやむを得ずここにきたとの意識で、急速に親しくなる。そうは言わないものの、本来なら我々はこんなところにいる筈ではない、と。
貫井は、告発等したら自分達の身が危うくなるだけ、戦略を考えているからと、秋子を宥める。
(秋子がリパックをする事になったのかどうか、はっきりとは描いていない。)

前職で培ったのか、貫井はセール企画書を作成する等して、恩田店長にしばしば自分の実力を誇示しようとする。
彼が今回提出した企画は、恩田店長と地域を近づける事で、親しみを持たせ、客足を回復させようというもの。恩田の私的キャラクターを前面に出す企画は、「赤っ恥セール」と名付けられた。

　～休憩15分～

◆第2幕

店員全員の前で、赤っ恥セールのテーマソングを歌う店長、貫井、秋子ら(それぞれ牛や豚や鶏の被り物をして赤い法被を着ている)のコーラス。
松田聖子の《夏の扉》の替え歌で、「フレッシュ！フレッシュ！フレッシュ！」のサビは”フレッシュかねだ”の店名とぴったり。実にgood！

唖然として見ている古株店員達は、呆れ、私達はそんなバカげた事に協力しないと怒る。
店長は彼らの団結を切り崩すべく、まずは副店長竹内慎二(小川ゲン)に囁く、次の店長候補は君だ、本社にも内々の了解はもうとってある、でしゃばりの貫井は切るから心配ない、と。本当はそんな気等さらさらないにも関わらず。

被り物をし、炎天下でセールのチラシ配りをしている時、かつての部下に出合い、プライドがズタズタになっていた貫井の耳にその話が入った。彼は絶望し、発作的に窓から飛び降りた。
2階であるから命に別状はないが、貫井は足の骨を折り救急車で運ばれる事になった。

この騒ぎで近隣の人達が集まり、噂が噂を呼び、「赤っ恥セール」は変則的な形で成功に至る。
反対派だった店員達も、様々な被り物をして、協力を始めた。
精肉の試食コーナーで歌う秋子は一躍人気者に。
店長は「あなたは試食タイムのスターだ。パートタイマー秋子という当店一のスターです。あなたが売っているのは、もうただの肉じゃない。お客さんは皆、あなたのやる気を買いにくる」と歯の浮くような褒めよう。
一方、貫井は入院し、落ち込んでスーパーかねだを辞める。

しばらくすると、貫井が松葉杖をしてこの控室にやってきて、秋子と会った。
辞めたあと就活を重ねたが、貫井は結局仕事が見つからない。内心もう一度ここで雇ってもらえないかとの腹がある。
秋子は貫井を慰め、自分のロッカーからビニール袋に入った物を取り出し渡そうとする。
貫井は問う、これ、レジを通っているんだろうね？
秋子はショックを受ける、いつの間にか彼女も周囲の悪癖に馴染んでしまっていたのだ。入社した頃持っていた正義感は何処にいってしまったのだろうか。

貫井はとぼとぼと去っていく。
秋子は遠くなっていく彼の背中を窓から見てつぶやく、私は、変わったんじゃなくて、元々この程度だったのかもしれない。自分の正体も知らずにいたのかもしれない。私はここに留まり、自分が何処迄変わっていくか見極めるわ。

コミカルでたくさん笑わせてくれたが、苦い味が口中に残るラストであった。

初演2003年当時の時代背景はどんなだったか、改めて確認してみよう。
2001年9/11、米同時多発テロ。
2002年1/29、ブッシュ米大統領、一般教書演説でイラン･イラク･北朝鮮等を「悪の枢軸」と名指し、「国際テロには先制攻撃も辞さず」と発表。
日本含め、世界で反戦デモ発生。
2003年3/20、米と有志連合、遂にイラク戦争勃発。
永井愛がこのシナリオを書いたのはその直前である。
攻撃の最大にして正当な理由としていた大量破壊兵器だが、イラクは結局保有していなかった事が戦後になって分かった。
正義は何処に行ってしまったのか、という風潮が世界で膨らんだ。

国内では、小泉構造改革の不良債権処理、その影響による倒産・リストラの嵐。
デフレ不況、金融不況から都市銀行の大型統合。
失業、非正規労働者の急増。
そして、大手メーカーの食品偽装事件。
「勝ち組」「負け組」の格差拡大。

そして2024年、21年ぶりの再演の今、時代はどうだろう。
ナチ化からのロシア系住民の保護等というフェイクで始まったウクライナ侵略戦争は未だ終わらず、与党である自民党にはパーティ券キックバックによる裏金事件疑惑、都合の悪い事は説明しない政治家達、等々、等々。

今回は詳細を書かなかったが、秋子だけの問題ではない、12人の登場人物、皆それぞれに問題を抱えている。それが丁寧に描かれた良質な演劇だった。
それにしても、秋子は今後どうなっていくのか。
秋子はあなたであり、私である。

公演は休憩15分を含み、2幕計2時間45分。

作・演出永井愛
美術太田創
照明中川隆一
衣裳竹原典子

出演沢口靖子,生瀬勝久,亀田佳明,土井ケイト,稲村梓,小川ゲン,吉田ウーロン太,関谷美香子,石森美咲,田中亨,水野あや,石井愃一

〈付記〉
席は1階P列(前から16列目)7番。今回はオペラグラスを持参した。
いつもと違い、当劇場での公演が1回のみという事もあって、席を買うのが大変だった。

〈参考資料〉
・プログラム『二兎社公演47 パートタイマー・秋子』
　執筆宇田夏苗,安藤ゆか
　発行 2024年1/12、二兎社
・「PLAT NEWS」vol.65/2024年1～2月
　インタビュー沢口靖子×永井愛
　発行 2023年12月、豊橋文化振興財団
　

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