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2024年02月02日15:02

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映画『君たちはどう生きるか』 (改)

TOHOシネマズ浜北で宮﨑駿(1941- )の『君たちはどう生きるか』を観る。
以下、重要な役割をするアオサギ/サギ男の絵コンテによる映画ポスター。

2013年の『風立ちぬ』で長編アニメーション制作から引退宣言していた宮﨑駿だったが、2016年75歳の時、どうしてもこれは作っておきたいという思いに駆られ、７年の時間をかけて新作を制作した。
完成時82歳、これが最後の作品となるかどうか、それは分からない。
今回の『君たちはどう生きるか』では、宮﨑自身の少年時代の生活や内面が色濃く投影されている。
映画の前半の作法はまさに自伝的リアリズムで、子供の夢の視点でファンタジーを作り続けてきた宮﨑の作風とは異なる。宮﨑は、これ迄己の内面を表に出すような作品を描いた事がなかった。

太平洋戦争下の日本、敗戦の匂いも漂いだしている。
11歳の少年眞人(まひと)は、入院していた病院の火事で母ヒサコを失う。火の粉を被って母を助けに行こうとして果たせない夢を、眞人は繰り返し見て涙を流す。
その僅か1年後、父勝一から、夏子という再婚相手の女性を紹介される。ヒサコの妹で、彼女のお腹には既に赤ちゃんがいた。

父は軍需工場の経営者で、妻方の実家のある田舎へ、工場と伴に疎開する事とした。
広い敷地には鬱蒼とした林、大きな池も。
池にはたくさんの鳥達がいて、その中には立派なアオサギも。
通う事になった小学校で、内向的な眞人は周囲の子供達と馴染めない。

この辺りは、殆ど宮崎の実体験に基づいている。例えば、父の当時の職業。彼の本名は勝次と言った。
眞人は継母夏子に親しみを感ずる事ができず、お母さんと呼べない。父親に対しては、恨みとは言わない迄も、反抗的な心理を内に秘める。
愛する母親の亡失と父親への反抗は、明かなエディプスコンプレックスの構図である。
これについては、宮﨑自身、制作意図の一つとして、明確に言葉にしている。

ある日、小学校からの帰り道で、眞人はクラスの子供らと取っ組み合いのケンカになる。
おそらく金持ちの子とか都会の子とか言われ、そのいかにも村的な差別扱いに腹を立てたのだろう。
ひとりで実家に帰る途中、眞人は片手に余る程の大きな石で自分のこめかみを打ち、血を流す。
多岐に亘る原因から生じた堪え切れない孤独、それを因とした自傷行為か。
屋敷に帰ると、家人が驚き、急いで医者が呼ばれる。
巨大な家には七人も住み込みの婆や(当時で言えば女中)がいて、大騒ぎになる。
眞人はあくまで転んだせいだと言い張るが、父親はクレームをつけようと、自家用車で小学校に乗り込んだ。
眞人と小学校の子供達、その親達との関係は一層悪化したに違いない。
熱を出して寝込む眞人。

こうした複雑な人間関係や行動と心理が、実に丁寧に、リアルに(但し説明的にならぬよう注意深く、例えば自然描写等を借りて)表現されている。それはTVのアニメ番組とは明らかに次元が違う。

目が覚めると眞人は、2階の窓の外からアオサギがこちらを覗き込んでいるのに気づいた。アオサギは嘴でガラスを叩き、「助けて」と言ったように聞こえた。その声は母のそれだった(と眞人は思った)。夢だったのかもしれないが…。

ここから、少しずつファンタジーが映画に浸潤してくる。
眞人はベッドから飛び起きて、アオサギを追いかける。
その後、事ある毎にアオサギは眞人の前に現れるようになる。
眞人はアオサギを退治しようと思い、部屋にあった木刀を持ってあとを追う。
アオサギは言った、「お母さんは死んでなんかいない」。
それは、ついてくれば母に会える、と言っているかのようだった。

夏子は、つわりが酷くなって寝込むようになった。
眞人は、アオサギを捕まえるために弓矢を作ったが、出来が悪く、思ったように飛ばない。
屋敷の爺やに作り方を教わる。竹を丁寧に削り、最後に拾ったアオサギの羽根を矢に付けると、見事に飛んだ。
この弓矢作りの工程も、細部迄リアリズムを尽くす。
弓矢を作っている時、庭の奥、林の坂道を奥へと降りていく夏子らしき人の姿が眞人の目に入った。

部屋のテーブルの脇に積み上げてある本を、それとなく見ていると、中に吉野源三郎が1937年に書いた小説があった。タイトルには『君たちはどう生きるか』とある。
挟まれていたメモから、母親が眞人のためにこれを残してくれた事が分かり、嬉しくなった。
眞人はページを繰りながらつい涙を流した。

その日、夕方になっても夏子は戻らず、婆や達は声を挙げてあちこち探し回った。
眞人はあれが夏子だったに違いないと、林の中へ踏み入った。婆や達も就いてきた。
林を抜けると、奇妙な塔の如き古びた建物の前に出た。
婆やらは、この建物は呪われていて危険だと口々に言う。大伯父がこれを建て、この中で難しい書物を読み耽り、ついには頭がおかしくなっていなくなってしまった、とも。

だが、眞人は、アオサギの羽根が入り口に落ちているのを見つけ、彼の言葉が気になり、夏子を探せば母の手がかりも掴めるような気がして塔の中に入っていった。婆やの一人キリコも心配そうに就いてきた。
塔の中には、大きな棚が壁中にあって、分厚い本がぎっしり詰まっていた。

と、アオサギが現れ、眞人に飛びかかってきた。
眞人は例の弓矢をアオサギに向けた。矢は彼の嘴を射抜いた。
嘴はアオサギの魔力の原点らしく、その着ぐるみのようなアオサギの身体から少しずつ鼻の大きい男(サギ男)が現れる。

突然、塔の上の方から大きな声がした、「夏子を連れ出すならば、下の世界へ行け」と。
眞人らがいる塔の広間の床は溶け出し、3人は吞み込まれて落ちていく。

眞人らがこれから迷い込む事になる様々な異世界は、大伯父の建てた塔と、歪んだ時間と空間の向こうでつながっているようだった。
夢と現実が入り混じり、生と死が渾然一体となり、均衡と制御を失っている。
それらについて一つ一つここで紹介する事はしないが、宮崎の集団(または集合体)恐怖から来すもののように思えた。宮﨑自身がそれを意識していたかどうかは分からないが。

魚やカエル、ペリカンやインコがぎっしりといっぱいになって眞人の身体に取りつく、そんなシーンが幾度も現れる。

白くて小さく丸っこい「ワラワラ」は、生命の最小単位で、何億ものDNAが遺伝子の螺旋を伝わるように昇っていき、「上の世界」で赤ん坊になるらしい。
そのワラワラを次々捕食するために飛ぶペリカンの大集団。

恐怖と恐怖の間、この世とあの世の間には出入口や門や扉が突然口を開き、夢から覚めた夢のように、眞人はまた次の世界に入り込む事になる。
社会と混じりあえない孤独な宮﨑の心理、その本質を垣間見る気がする。

何番目の塔か、そこには、火事で死んだ母ヒサコの少女時代の分身ヒミや、若く颯爽としたキリコがいた。
「ヒミ」は、名の通り火をつかさどる存在で、ワラワラ達をペリカンから救い、上の世界の生命を守護する。

異世界の微妙な統御をしているのは、あの大伯父だった。
彼の前のテーブルには、10数個の球や直方体や円錐や円柱や三角錘等が積みあがって揺らめき、今にも倒れてしまいそうだった。これは人の脳、または世界の秩序の象徴だろうか？
大伯父はこの仕事を継げるのは眞人だと言った。

だが、かねてからそれを我がものにしようとしている男がいて、彼が大伯父と眞人の間に割り込んできた。
彼の大刀は、テーブル諸共あの積み木を真っ二つにしてしまう。
世界が崩れていく。
足許から壊れゆく「時の回廊」。

大伯父はもう一度眞人に要求するが、眞人はそれを断る。

ラストでヒミは「(将来)あなたのような子が産めるなんてしあわせ」と言い、眞人とは別の時間の扉を開けて去っていく。
眞人は夏子とサギ男と出会い、違う扉を開け、飛び出ていく。

裏庭の原を歩いていくと、向こうに自分達を探し回っている父や婆やらがいた。
サギ男はそれを見て、「あばよ、友達」と言い、アオサギに戻って森の向こうへ飛び去っていった。
眞人は、異世界を一緒に乗り越えて、いつかサギ男との間に友情を感じていた。

大伯父の統御する世界、あれは何だったのか。
眞人は、彼の要求を断って現世に戻ってきた。
眞人は改めて考える、人の手に委ねるのでなく、この世界で自分はどう生きるか？
君たちはどう生きるか？

監督･脚本宮崎駿
製作鈴木敏夫
作画監督本田雄
美術監督武重洋二
撮影監督奥井敦
編集瀬山武司
音楽久石譲
主題歌米津玄師《地球儀》

受賞ニューヨーク/ロサンゼルス/ボストン/シカゴ/フィラデルフィア/サンディエゴ/フロリダ映画批評家協会賞アニメ映画賞
ゴールデングローブ賞アニメ映画賞
他未定。

1923年/日本
　

〈参考資料〉
ガイドブック『君たちはどう生きるか』
　執筆宮﨑駿,鈴木敏夫,石井朋彦他
　発行 2023年10月、東宝
　

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