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2023年12月21日17:46

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ファンタジー小説『未完成交響詩』

『未完成交響詩』       游月 昭

 魔女裁判という名の欲求不満解消イベントが横行する世の中、異論を唱えれば真の魔人間の手によって魔女にされ、死へと誘われて行く。囲われた人間社会で生きるのも、自然界と同様に、死なない為の逃亡を続けなければ生きてはいけない。愛する人を守るには、善行ばかりが幸福への道ではない事を歴史が証明している。
 今度は下宿屋の若女将が逮捕され、裁判で有罪が確定した。宿の店子達がその事について食堂で話しをしていた。
「若女将が魔女な訳がないだろ。」
「家賃払わなくてすむかもしれないぞ。」
「じゃあ魔女かもしれんな。」
 そんなレベルで善人が魔女に仕立て上げられる。真実は死と隣り合わせなのだ。
 店子のカールは黙っていた。無関心な訳ではない。彼女が助かる方法を考えていた。しかし、考えつく先は、魔女に助けてもらう、という、魔女の存在を否定する者にとって理不尽な答えくらいなのである。
「つまりはどうすることも出来ないということだ!」
 カールは食卓を激しく叩いた。店子達は一瞬黙り込むが、皆ゆっくり頷いて様子を窺っていた。彼はまたしばらく黙っていたが、突然、激しく椅子の音を立てて食堂から出て行った。
 彼は、この状況を変えられない不甲斐なさに苛立ち、足早に森へと入って行った。いくら歩いても何の解決にもならないが、動いていなければ他人を殴りそうな状態であることは自分でも分かっていた。高木の森の木々の葉は日光を遮ってモザイク模様を作り出し、目の前の小道を点描絵画の様な曖昧な風景にしていた。
 いつから居たのか、道の真ん中で烏がこちらを向いて立っている。近づけばそれはやはり老女で、初めからそう見えていたのだが、長い鼻の形と全身の黒装束で烏を想像してしまっていたと感じていた。
「殿方、迷われましたか?」
 彼は呆気に取られた顔で、来た道を振り返り、また老女の方へ向き直った。
「え?真っ直ぐ歩いて来たので道に迷うことは無いと思いますが……」
 彼女は微笑み、黒いショルダーバッグを開けて物を取り出した。
「お探しなのはこちらでございましょう。」
 差し出されたのは装飾の施されたリングケースで、全く身に覚えの無い物だった。
「ご婦人、」と訊く途中で「もしや、」と思い当たり、「カラス?」と窺ってみた。
「左様にございます。」
 カールは神妙な面持ちで辺りを見回し、老女の足元に跪き首を垂れた。
「お願いです、私は火炙りで処刑されても構いません、どうか若女将を助けて下さい!」
 老女は首を横に振って微笑む。
「いいえ、貴方の真の勇気でお助けを。」
 彼は呆然として首を傾げた。
「勇気で助かるものなら既にやってます!」
「その指輪を掲げ、真実を話すのです。」
 カールはやはり呆気に取られていたが、他に方法も無く、若女将と同じ折に死ねるのなら本望だと感じられた。
 彼はケースを開け、リングが掲げるダイヤの潔さに真の愛を誓いながら指輪をはめ、老女と別れて町へ戻った。
 町の広場には人集りが出来、丁度魔女の処刑が行われるところだった。
「待ってくれ!待ってくれ!真実を話す!」
 カールが人集りに分け入って叫ぶ。執行官達の注目を浴びながら壇上へとよじ登り、無実を主張するが、直ぐに警備の者に取り押さえられ縄をかけられて、人混みに消えた。そして、カールの出来事は無かったかの様に処刑劇は始まる。魔女は黒い布を頭にかけられて中央の柱に縛られる。松明に火が灯され、群衆の悲鳴と怒号とあらゆる感情の声が炎となって燃え上がり、黒い煙を吐いてそして炭になった。
 次の日、泥道に放り出されたカールの姿があった。雨に打たれうつ伏せで倒れたまま、広場を流れる雨水を見ていた。再び教会の裏口が開き、男が出て来る。
「黒墨の指輪、お前のだな。こんなゴミ、持って帰れ。」
 燻んだ小箱は投げ捨てられ、雨に流れて遠ざかって行く。その行き先を眺めていると、その向こう、雨にけむる女が立っている。その女は徐々に近づき、カールのそばに寝そべって優しい笑顔で話しかけた。
「カール、ありがとう。」
 二人は泥の中で抱き合い、しばらく雨に打たれた。そして稲妻が走り、雨は更に激しく降り続く。リングケースは雨に洗われながら川へと流れて行った。
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