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2023年12月21日17:44

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ファンタジー小説『悪魔の恋』

『悪魔の恋』原作/MAYUMI、小説化/游月昭

 酷烈な破壊と残虐な殺生を生業として、狡猾な知恵をもって世にはびこるのが、悪魔としての私の望みであった。これまで、自らの業を省みることなどは無かった。しかし、ある日を境に、己に異質なものが芽生えて来ているのが分かる。体内に湧き出る青い血が一生に一度の麗しい異種を是が非でもと欲しているのだ。
 私は、あろうことか、港で見かけた人間の女に、これまで出逢った者とは全く次元のかけ離れた美しい人に、魔法にかかったように恋してしまった。輪廻の時に出逢い、愛し、深く記憶した容姿なのか、一目の刹那に、全細胞が口を開け、牙を剥いて欲しがる我が身の悍ましさ。あの人の流麗な体躯。凛とした背筋に潔い眉。深く澄んだ泉のように清しい瞳。紅く彩られた瑞々しい唇に喰われるならば、と思い描く我が淺ましい心根。岩のように荒々しい皮膚を纏い、細長い手足に釣り合わない丸く膨れた大きな腹。こんな己に生まれた事をこれほどまでに忌々しいと感じた事は無かった。対象の無い憎悪は猛り、それ故に、恋の炎は更に激しく燃え上がる。
「嗚呼、私は悪ではなく、善でもなく、ただただ非力な人間の男になりたい!」
 私は海底の闇に籠り、長い時を悩んで過ごした。そして、闇の掟に背き、身を微塵に砕かれても、一瞬の恋に生きると決め、海底を後にした。
 太陽は西に傾いていた。船着場に老女が一人、夕焼けに佇んでいるのが見えた。私は幻影を纏って近づき話しかける。
「美しい夕焼けですね。」
 振り向く老女の顔は憂いを帯びていたが、すぐに満面の笑みを見せた。
「雲の輝きようはこの世の物とは思えないほどですね。時々ここに来ますが、こんな夕焼けは滅多にありません。」
 私は頷きながら、彼女が私の恋する女性である事に気づき、海底で数十年を過ごしてしまっていた事を悟った。呆然と見つめる私を見ると、彼女はゆっくりと首を傾げた。私はいたたまれなくなって、これまで人々から奪って来た幸せが詰まった自分の左腕をもぎ取り、魔法に変えて彼女に与えた。そして痛みに耐えながら、若返って行く彼女を後に残してその場を去った。
 数日後、私は再び恋の決心をし、ダイヤの指輪を用意して港へと向かった。 
 霧に煙る朝だった。港に彼女の姿は無く、桟橋の突端の方に、年老いた男が一人、沖に向かって立っていた。私は幻影に身を包み、男の背中に声をかける。
「ごきげんよう。何か見えますか?」
「ああ、どうも。霧で何も見えないね。」
 老人は色白で笑顔は高潔さを帯びていた。
「では、ここで何を?」
「恥ずかしながら女を。必ずここで会おうと約束をして、何十年経ったかも怪しくなってきた。ただの夢だったのかも、しれない。」
 老人はまた霧に目を向けた。
「その女人の名は何と?」
「……マリア。私に残された時はもうわずかなのでしょうが……」
 その声は正に、愛を求め続ける男の情念が滲み出ていて、その姿に自分を重ねた私は、躊躇なく自分の右足をもぎ取り幸せの時を戻す魔法に変えた。そして再び激痛の日々が続いた。
 痛みが和らいだ頃、胸騒ぎがして港を訪れた。桟橋に人集りが出来ていた。若い女が身を投げたのが目撃され、沈んだ女性を数人の男が潜って探しているのだという。私はその場で突っ立ったまま動けなくなった。
「見つけたぞ!引き揚げてくれ!」
 人々は協力して引き揚げ、蘇生を試みていた。私は彼女であるかどうか恐ろしくて近づくことが出来ない。時は過ぎるばかり。女は一向に息を吹き返す兆しが無いようだった。人々は諦め、数人が退いた時、人々の隙間から女の顔が見てとれた。やはり彼女だった。そこへ先日の若者が現れ、彼女を見て驚き泣き崩れた。
「マリア!……」
 その瞬間、心に憎悪が湧き起こり、私は全身に力をみなぎらせ、恋敵の男に死の魔法をぶつけようとした。しかし、私がマリアを死に至らしめたのだ。若返った彼女は、彼を待ち続けた辛い日々を再び味わわなければいけなくなってしまったのだ。私は首を横に振りながら後退りして悔やんだ。そして咄嗟に、残る右腕左足を喰いちぎり、二人に向かって放り投げて、転がりながら海へと落ちた。
 桟橋では歓喜の声が上がっている。私の涙は泡と一緒になって太陽に煌めいている。もう一つ、彼女のために用意したリングケースが体から離れ光に向かって行く。私は、やっと非力な人間になれたのかもしれない。
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