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2023年09月18日00:47

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河口慧海に関する講演会

堺市博物館で「河口慧海 仏教探求の旅」という企画展が開かれています。それと連動企画で講演会がありました。

今日は午前中に用事があったので昼から博物館に行きました。講演会は14時からで、13時過ぎぐらいに着きました。事前申し込みはなかったので、直接行きました。そうしたら、講演会は先着70名分の整理券がすでに出てしまったとのこと。「そんな!!」とショックを受けていたら、希望者が予想以上に多かったので、別室でスクリーンで見られるように準備中と言うこと。もともと講演会まで展示を見てようかと思っていたのですが、スクリーンで見る希望者はこちらで待っていてください、というので並んで待ってました。

そうして別室の準備ができて入れてもらいました。私はわりと並んでいたのが早かったので前の方の席が取れました。そうしたら、こちらも入ってくる人が多くてほぼ満席。堺市民、河口慧海でそんなに来るのかー。

講師は高野山大学名誉教授の奥山直司氏。
スクリーンにはパワーポイント画面が表示されます。先生の声はスピーカーから。なので姿は見えず。講演会場の映像じゃないんですね。まあ、この方がスクリーン映像がはっきり見えていいかも。

この先生は河口慧海の研究者でもあり、その足跡をたどったこともあるそうで。河口慧海がたどったルートを説明しながら、地図はもちろんご自身で撮った現地の写真も映してくれました。チベットは本当に美しい場所です。
途中、大谷光瑞にも言及されました。ちょうど同じぐらいの時期に活動していたのです。二人が交流した形跡はあまりないようですが、アジアの奥地で活躍した二人はあまりにも対照的だということで紹介されました。大谷光瑞は本願寺をバックに大掛かりな調査を行い、あるいは部下を派遣するなどしましたが、それは中央アジアだけでなくもっとワールドワイドなものでした。さらに様々な事業に手を広げたスケールの大きい人物でもありました。それに対して河口慧海は単独で行動し、ただ仏教経典のみを追い求めました。

それで、第1回目のチベット行きですが、まずインドに行ってチベット語を学びました。それからネパールに潜入し、チベットを目指します。中国人巡礼僧として入ることにしました。とにかくたどり着くまで苦労の連続です。荷物が川に流されたり怖い目に遭うこともたびたび。しかし、旅行記を見る限りでは「怖い」という印象がほとんどないそうです。ひたすら目的に向かって進むのに一生懸命だったのでしょう。
ようやく禁断の都(外国人が入るのを許されないから)ラサにたどり着いたのが1901年。そして僧院に入りますが、1年ほどたったころ、まわりから「どうもあいつは怪しい」と思われるようになり、捕まる前に、とこっそりチベットを抜け出しました。

そして帰国後チベット旅行記を書きます。この旅行記がものすごく面白いらしくて、これは読まないといけないな…と思いました。しかもインドで知り合った英国人の後援者によって英訳版も出ます。
慧海はラサで十分目的を果たせなかったことが心残りで、再度チベット行きを目指します。そこで「蔵梵仏典購求会」を作って資金集めをします。旅に出るためではなく、仏典を求めるための資金なんですね。

さて2度目です。今回はインドのベナレスとダージリンを行き来しながらひたすらサンスクリット語を学びました。サンスクリット語は文法が厳格に定められた言葉で、慧海は「チベット語より好きかも」なんて言っていたらしいです。7年ぐらいインドに滞在したのち、「今度こそ」とチベットを目指すことにします。

そうしてチベットにたどり着き、古いサンスクリットの経典が伝わっていないか探し回りました。そうしてようやくサンスクリットの貝経を見つけたのです。これは東洋文庫に所蔵されているそうな。この間の東洋文庫展にはありませんでした。
この時慧海はひたすら経典を集め、サンスクリット語やチベット語の膨大な量の経典を持って帰りました。

持って帰ったら訳経です。チベット語を教えながら翻訳ができる人材を育てます。
なんか、玄奘みたいだな、と思いました。インドから膨大な経典を持って帰り、訳経僧を育てて翻訳に当たらせる。
慧海はそのため「蔵和辞典」の編纂も始めました。しかしこれは完成せずに亡くなってしまったため未完に終わりました。

慧海は晩年「在家(ウパーサカ)仏教修行団」を設立します。在家で誰でもできる仏教修行です。
そうして本尊として、知り合いの(!)高村光雲に釈迦牟尼仏の彫刻を依頼しました。

そのほか、慧海は人に頼まれて植物採集もしました。かなりの量を採集したそうで、それも植物標本として保存されています。

最期には時間が押してきて、それでもこれは話したい!という熱意の下に終了予定時間が10分ほど過ぎました。こういう話をする先生は、熱意がありすぎて時々こういう事態になります。

結局先生のお姿を拝めないままスクリーン講演会は終了しました。

そうしたら、終了予定時刻がオーバーしたので部屋を出たら15時45分ぐらい。これから展示品を見る時間はあるのだろうか。
…と悩んで、はたと気が付きました。そういえば、チケット売り場でチケットを買う前に講演会のことを聞き、予定枚数が終了したので別室でスクリーンを用意するのであちらへお越しください、と言われて そのままスクリーンの部屋に入るのを待っていたので、チケットを購入していないのでした。
だったら出直す?そう、やはりゆっくり時間を取って見たいですもんね。

そいうことで、展示は見ないで帰ることにしました。
今度また来て、ついでに周りの古墳でも見ておこうか。
堺市博物館は、大仙古墳の南側の大仙公園にあって、周りは古墳だらけなのです。
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