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2023年05月26日01:33

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イザヤ34:16-17

【イザヤ34:16-17「主の書」とは何か】
当然のことながら,あらゆる人が邪悪だというわけではない。邪悪ではない人は,滅びの火から霊的な意味(地獄)でも肉体的な意味でも救われることができる(1ニーファイ22:15-17参照)。主の民のうち聖約を守った者の名前は,「主の書」(イザヤ34:16),「神の律法の書」(教義と聖約85:5。9,11節参照),あるいは「いのちの書」(黙示20:12)と呼ばれる特別な書物の中に記録される。人の働きについては,地上で主から書記として召された人々が記録するが,いのちの書というのは天でつけられる記録である。この2種類の記録は完全に一致している(教義と聖約128:6-9参照)。天の書にその名が記録されている人々については,「これらのものは一つも欠けることなく」(イザヤ34:16)とある。「また一つもその連れ合いを欠くものはない」(イザヤ34:16)という約束は,特に末日聖徒にとっては興味深い聖句である。末日聖徒は日の栄えの結婚の儀式を通じてのみ,人はその連れ合いを永遠のものとすることができると信じているからである。
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