「衣服のアルケオロジー 服装から見た19世紀フランス社会の差異構造」
フィリップ・ペロー著 大矢タカヤス訳
ちくま学芸文庫
タイトルを見ただけで読みたくなる本。
19世紀とは、宮廷服が廃れてブルジョワの服装が確立した時期です。
特に男性の衣装は、宮廷服の時代はカラフルでレースやリボンなどの装飾がふんだんに使われ、宝石を身に着けていました。しかし革命で取って代わったブルジョワジーの衣服は大変禁欲的で、ほぼ黒一色。そうしてフォーマルな衣服は燕尾服になっていきます。外出には黒の丈の長いフロックコート。
女性の衣服はスカートが膨らんだりしぼんだり、という流行に左右されます。
さて、上記のようなことは通常の服装史の本で書かれているようなことですが、この本では階級の違いも詳しく考察されています。特に衣類を購入する手段としては、仕立て屋に注文をする上流階級と違って、庶民はもっぱら古着屋に頼っていました。
パリには大きな古着市場があって、古着商の同業組合がありました。そこで基本的な相場、価格も定められていました。古着にもランクがあって、着古しただけで売り払われた上等の衣類やその付属品もあり、擦り切れたり穴が開いたものは染め直して仕立て直されて別の衣服に生まれ変わったりします。さらに仕立て直しの服もまた古びてくると売り払われてさらに仕立て直しされて、何周かして、どんどん劣化していくのです。
ということで、古着市場は庶民がそれぞれ自分の階層に合った衣服を探しに来る巨大市場でした。
当時は既製服というものはありません。既製服の代わりに仕立て直しの古着があったのです。
上流階級、お金持ちは仕立て屋で仕立てます。オートクチュールです。
それが、19世紀半ばになると、「新品の既製服」というものが売られるようになります。
衣服だけではなくそれに付随する装飾品も販売し始めました。しかし当初は品数も少なく、こういった店は軌道に乗りませんでした。
それが、19世紀後半の第二帝政の時代になると、産業革命が起こって、生地が大量生産され、仕立てが機械化され、鉄道による流通革命がおこり、量産ができるようになると、新しい店舗の形態が生まれます。それが現在に続く「百貨店」です。「ボンマルシェ」や「プランタン」などもこの時代に生まれました。誰でも出入り自由で正札販売が行われる店舗です。商品はカテゴリごとに売り場が設けられ、百貨店を巡れば頭から足の先まで身に着けるものが揃います。
さらに、店舗によって客層がある程度決まっていました。
このあたりから古着屋は衰退していきます。それまでの古着と変わらない値段で新品が買えるようになったからです。
こういった、衣服の購入に関する当時の事情は通常の服装史の中では出てこないことなので、とても面白いです。
そして、次は身に着けるものの決まり事です。つまりT.P.O.です。
19世紀には職業・階層によって、そして時間帯やシチュエーションによって身に着けるものの決まりが細かく定められていました。特に女性の身づくろいはそういった規範に忠実であることが求められました。起床した時に着る化粧着やそれに合わせた履物。午後の散歩。夜の社交界。やりすぎてもダメ、足りなくてもダメ。
男性も、上記のようにバリエーションの少ない禁欲的な衣服になってしまったとはいえ、午後に着るもの、夜の舞踏会に着るもの、などは厳密に区別されます。そしてチョッキやネクタイで変化を付けます。
結局は、このころの男性の衣服が現代の背広につながっているわけで、色や型が限られたものになっているのはそのためだということです。
また、下着についても詳しく書かれています。ドロワーズ、クリノリン、シュミーズがどのように身につけられていたか。
さらに、コルセットに関しては、体を締め付けることについて当時も批判はありました。しかし、世間一般では、体をしっかり支えるのに有用だと信じられていたのです。なので、コルセットに対する批判よりも、体を締め付けてしっかり支えることの必要性が説かれていたのです。もちろん、細い腰をキープして美しく見せるという効果は女性を魅了します。なので、一部で批判されようとも、締め付けが苦しくとも、19世紀を通じて女性たちはこぞってコルセットを着用し、放そうとしませんでした。
この本が19世紀の衣服の事情を事細かに伝えるのに、当時書かれたさまざまな出版物を駆使しているのが面白い所です。特に19世紀前半はバルザックの作品の中から衣服の描写の部分が多数引用されています。そのほか様々な小説や新聞など引用が多く、それによって当時の感覚まで伝わってきます。
私はもともと19世紀のヨーロッパ、とくにフランスが好きなので、こういった本を読むと当時の状況が生き生きと伝わってきてとっても楽しく読みました。
ただ、表紙の絵をもうちょっと選んでほしかったです。半裸の女性の後ろ姿で、コルセットらしきものを足からお尻へ引き上げている所。大きなお尻が丸出しで、胸も半分見えているし、カバーがないと外で読めません。
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