映画「ウエスト・サイド・ストーリー」は今日が初日。1回目の上映に駆け付けました。
待ってたんですよ〜。
1回目の映画が気に入らないと言っていたソンドハイムが、今回は気に入ったという。
私ももとは映画の「ウエストサイド物語」に大感動してミュージカルに導かれたのですが、もとの舞台版を知って、舞台版を切り刻んで改変していたことがわかって見る気がしなくなっていました。マリアの歌は吹替えだし。ソンドハイムが気に入らなかったのも無理はない。
スピルバーグが監督というので「え?」とは思いましたが、ソンドハイムが納得したなら大丈夫だろうと。
「ウエストサイド物語」は、作曲のレナード・バーンスタインと、歌詞のスティーヴン・ソンドハイムと、振付けのジェローム・ロビンスが作り上げた奇跡の最高のミュージカルです。バーンスタインとロビンスは早くに亡くなりましたが、ソンドハイムは長生きして、作詞作曲でたくさんのブロードウェイ・ミュージカルを作りました。
そのソンドハイムもついに昨年11月、91歳で亡くなりました。亡くなる直前に「ウエスト・サイド・ストーリー」の映画が完成して、見ることができたそうです。
なるほど、スピルバーグが作るとこうなるんですね。
舞台とは全く違う、映画の世界を作り上げていました。
前の映画では、ニューヨークのビルが立ち並ぶ様子を空から映して、視点を徐々に降ろしていきましたが、今回は地上のアップから。ビル群が並ぶニューヨークだと漠然としてましたが、今回は再開発で立ち退きやビルの解体が行われている街という設定で、壊されているビルやがれきが映し出されます。どういった場所で繰り広げられる物語なのか、とても具体的に伝わってきます。
ジェット団とシャーク団は、人々や自動車が通る、日常生活が行われている街の中を、時に人々に絡んだり車の前を横切ったり、街の中に溶け込みながら歌い踊っていきます。それがとてもリアルに感じられます。
ただ、舞台ではジェット団とシャーク団ははっきりと衣装に区別がありますが、この映画では区別がつきにくいです。
また、登場人物にも細かい背景が設定されていて、それを思わせるセリフも増えていて、そういったところでもリアルさが出ています。
映画ならではのものを作る…ニューヨークのビル群を見せるとか広い風景を見せるとかではなく、「クローズアップ」に重点を置いたのか、と思いました。街の様子、登場人物の背景や気持ちなどがとても細かく描写されて、そういった方法で映画ならではの世界を作り出す、という方法があったのかと思いました。
映画館のスクリーンで見ると、本当にこの街の世界に入り込むような感覚になります。やはりこれは映画館で見るべきでしょう。
ナンバーは多少入れ替わっているところはありましたが…。
「クラプキ巡査」はこんなところで使うのかーと。…面白い使い方です。
前の映画ではカットされてました。
「クール」も、トニーがリフを説得する形で使われていました。なるほど、意味は通ります。
舞台では、リフをはじめジェット団がシャーク団とのケンカの場所を決める話し合いの前に「落ち着け」と言って歌い踊るナンバーです。
前の映画では、リフとベルナルドが死んだ後、残ったシャーク団のナンバーになっていました。
登場人物では、ドラッグストアの主人がドックではなく、ヴァレンティーナという女性になっていました。
それが、前の映画でアニタを演じたリタ・モレノ。白人と結婚したプエルトリコ女性で、夫が亡くなってその店を継いで切り盛りしています。
なので、より一層トニーとマリアの気持ちがわかるわけです。
あと、マリアはブライダルショップで働いているはずなのに、今回の映画では百貨店みたいなところで掃除をしていた…。モップを持って掃除婦仲間たちと「アイ・フィール・プリティ」を歌い踊っていた…。なんでー。(このナンバーは前の映画では出会ってすぐ後に移動していましたが、今回は元の位置に戻っていました。)。
だもんで、トニーは出会った翌日マリアに会いに…ブライダルショップには来ません。二人は待ち合わせをして出かけます。出かけた先で「ワン・ハンド、ワン・ハート」を歌います。場所的には雰囲気たっぷりです。
そして、気になっていたのが前の映画でばっさりカットされていた「サムホエア」を中心とするバレエ・シークエンスの場面。現実ではないところで物語を表すダンスと歌で構成されているので、映画にはやりにくいだろうなと思うんですが。
ああ、やっぱりバレエ・シークエンスはなかったか…。
でも、ヴァレンティーナが知らせを聞いて「サムホエア」を歌います。一応ナンバーとしては入れてくれたんですね。
ソンドハイムはこれで納得したのかな…。「バレエ・シークエンス」は入れられないのかとか言わなかったのかな…今ではもうわかりませんが。
でも、その前にトニーがマリアに「遠くへ行こう」という歌がなかった…。
ともかく、これだけ映画ならではの世界を作り上げていたのは予想外の展開でした。私は舞台版を髣髴できる映画ができたらいいな、と思っていたのですが、すっかり覆されました。バレエ・シークエンスがカットされた以外はとてもよかったです。
やはりバーンスタインの曲は素晴らしいし、振付もジェローム・ロビンスのものを踏襲しています。
あと、前の映画ではリタ・モレノだけがラテン系で、あとは白人が演じていましたが、今回はプエルトリコ人の役は全員ラテン系でした。プエルトリコと白人の対立がより強く伝わってきました。スペイン語も多用されていました。時々わかってうれしい。
ログインしてコメントを確認・投稿する