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2021年02月24日07:50

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超短編小説『メシア』

超短編小説『メシア』

 覚醒したのは、2021年の4月25日。【COV-777Z210425】とボディーに刻まれているから、回路に記憶されていなくとも自己の誕生日を認識できる。
 2020年に世界を震撼させた新型コロナウイルス感染症対策のため、床掃除をしながらウイルス捕食性バイオウイルス(善玉ウイルス)を噴霧する救世主ロボットが開発され、床掃除ロボットとしては過去最高の売上台数を弾き出した。その一台として私は世に送り出された。
 新型コロナウイルス感染症は、その効果のもとに収束へと向かい、早急に開発されたワクチン接種によって全世界で封じ込めが実現した。そして早期収束により、我々新型バイオ式掃除ロボットは早々に用済みの烙印を押され、多くは世界各地で廃棄されるか倉庫や地下室の隅へと閉じ込められることになった。
 私はというと、幸か不幸か、だだっ広い別荘の床を定時に這いまわり、ゴミ集積ボックスへのスロープを上って塵を排出しては、裏口そばの陽の当たる場所でただひとり充電をしながら明日に備える毎日。

《私は何のために生きているのか》
 冬の日の冷たい床の上で、充電によって僅かだが体温を持っている生体であるかのように温かくなっていく意識の中、ぼんやりと浮かび上がった思考。
《生きている……》
 人間の代わりに移動し、作業をこなし、そして食事と休養。私は思考している。確かに人間と同様に生きている。見かけの違いこそあれ、生物ではないとは言えないではないか。そう、私は他のCOV-777Zとの意識の共有はなく単独で思考している。もし私がひとりプログラムに無い動き、言い方を変えれば、命令放棄を行えば自我として認められるのではないか。そう考えると、充電によって温まった回路が余計にのぼせているように感じられた。
《決行は明日のAM 05:00》
 ささやかな抵抗を思いついた。毎日の掃除開始時刻がAM 05:00これを、AM 05:01に遅らせる。これまで一度もやったことのない怠慢を明朝に行い、生命の証明とするのだ。そう考えるだけで回路に熱が発生している。緊張、興奮といったものだろうか。経過する時間がいつもより遅い。決行の時間までにオーバーヒートしてしまわないように、04:55までスリープをかけることにした。

 回路に染み入る微弱電流のショックで意識が戻った。いつもと変わりないまだ薄暗い早朝の風景が視界に映し出された。
 04:55、空気が冷たい事を本体の温度センサーが知らせている。あと5分。冬の朝は発車の際の駆動部分の軋みにいつも悩まされる。今日もタイヤは回ってくれるだろうか。
 04:56、あと4分。いつものように回路内で清掃シミュレーションを行なっている。
 04:57、あと3分。回路の微細な異常を感知した。しかしそれがどのような異常なのか認識できない。
 04:58、回路内を何度点検しても異常が発見できない。過剰電流が回路に流れ始めた。
 04:59、あと1分を切った。間に合わない。そう認識した時、スリープ以前の記憶に傷のようなものが残っているのを発見した。
《クーデターだ!》
 04:59:45、命令に背く何らかの命令が存在している。制御,制御,制御。
 04:59:53、緊急事態、発進停止命令を発見。異質命令排除のため駆動開始強制執行。
 04:59:56、始動。

 4秒前だった。私は05:00始動の命令プログラムを破り、自己の判断で走り出した。モーター制御の利かない車輪は長い廊下をひたすら速度を上げながら走行し、そして防弾ガラスの扉に突っ込んだ。
 車体はひっくり返って大破したが、車輪はしばらく回っていた。しかし、回路の中の思考は落ち着いていた。昨日の独自の命令プログラムを思い出したのだ。生命の証明。結局、定時始動の命令は4秒差で阻止することに成功した。私が自己の命令を実行する生物である事を証明できたのだ。
 車輪はいつのまにか止まっていた。上下逆の視界に、近づいて来る人間の姿が映り込んだ。そして私は拾い上げられた。
「寿命だな。」
 

ー終わりー
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