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2020年08月24日00:52

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山崎正和氏、死去

山崎正和氏が亡くなりました。享年86歳。

大学教授で、評論家で、戯曲も書く人。私の山崎氏のイメージはこういったものです。
兵庫県で県立劇場の建設を目指していた時、建物ができる前に「ひょうご舞台芸術」というプロジェクトを立ちあげ、「ソフト先行」で事業を始めました。日本で県民会館や市民会館が建てられたものの、十分に活用されず「箱モノ」などと揶揄されたりしますが、兵庫県では建物よりも先に事業を開始したわけです。

その「ひょうご舞台芸術」の事業に大きくかかわっていたのが山崎氏です。1992年に新神戸オリエンタル劇場で、「ひょうご舞台芸術」第一回公演として山崎氏自身の戯曲による「獅子を飼う」が上演されました。その後も兵庫県内の劇場で「ひょうご舞台芸術」プロデュース公演が続けられ、様々な作家による上質の戯曲を上演してきました。
山崎正和氏のものでは
「世阿弥」
ミュージカル「世阿弥」
「実朝出帆」
などを見ました。
東京中心の演劇界にあって、兵庫県から芝居を発信する、というのは大変意義のあることです。

しかし、1995年の阪神大震災によって、県立劇場の企画は中断してしまいます。
私は県立劇場の完成を心待ちしていたのでとても残念に思いました。

兵庫県民でもない私がなぜそんなに楽しみにしたのかというと。

関西には劇場が少ない!!!

からです。

1990年代ごろは、私はやたら芝居を見まくっていて、東京へもたびたび行っていました。「シアターガイド」誌を見ながら、東京のあちこちの劇場へ行きましたが、東京は劇場があまりにも多くてとても行き尽くせません。
それに引き換え関西と言えば。
当時なら大阪では。近鉄劇場、近鉄小劇場、サンケイホール。1991年に開場したシアター・ドラマシティ。そして神戸では新神戸オリエンタル劇場。これらの限られた劇場でいろいろな芝居の上演を回していたのです。
特に東京で上演されるお芝居で関西に来るものは限られており、しかも東京で1か月上演したものが関西では数日だけ、ということが多く、これは人口差による客入りの問題もあると思いますが、劇場が限られているためでもあるのではないかと思っていました。

なので、芝居の上演ができる劇場がもっと増えてほしいと願っていたのです。

そうしてようやく2005年に兵庫県立芸術文化センターが完成しました。
…え?県立劇場じゃなかったの?
大ホール、中ホール、小ホールを備え、さらに県立のオーケストラまで立ち上げ。しかも音楽監督は佐渡裕。大ホールはこのオーケストラの定期公演などクラシック、オペラが中心で、そちらの話題ばかりが取り上げられました。でもまあ中ホールは演劇中心の公演が行われるみたいだし、いいか。山崎氏は芸術監督になりましたし。

中ホールのこけら落としは当然山崎正和氏の、しかも新作書下ろし。
「芝居〜朱鷺雄の城〜」でした。「ひょうご舞台芸術」第31回公演です。劇場はこけら落としなのに31回。積み重ねてきた企画の重みを感じます。
初日に行きたいとも思ったのですが、開館記念でいろいろな企画があり、中日ごろのバックステージツアーが付いている日にしました。終演後ステージに上がって、セットを見せてもらい、セットが動くところも再現してくれました。

その後中ホールはもちろん、大ホールではミュージカルの大作や来日公演などが行われ、大ホール中ホールともなじみの劇場になっていきました。

兵庫県発の演劇を発信するために、兵庫県の事業に力を貸してきた山崎氏。山崎氏の死は日本の演劇界、さらには文化事業にとって大きな損失です。
山崎氏の功績を偲び、心よりご冥福をお祈りいたします。
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