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2020年04月10日01:29

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「草原の制覇」シリーズ中国の歴史3

岩波新書・シリーズ中国の歴史3巻は「草原の制覇」。(古松崇志:著)
タイトルだけでウットリ。
実際中を見てみると、ウットリするキーワードがいっぱい〜。
騎馬遊牧民、草原の道、オアシスの道、ソグド人…

そして大きなウットリワード、「中央ユーラシア」。
近年「中央ユーラシア」を総合的にとらえる概念が広まっています。草原の遊牧民と砂漠のオアシスの民は対立項ではなく、互いに補完しあい交易を続けてきて、分けて考えられるものではないと考えられるようになってきたからです。
しかしこの本では著者はさらに「ユーラシア東方史」という概念を提唱しています。それはパミール高原以東、中国本土、朝鮮半島、マンチュリア、東シベリア、モンゴリア、河西回廊、東トルキスタン、チベット、雲南、インドシナまで含みます。今までは「東アジア」と呼ばれてきた地域に中央ユーラシアの東の部分と東南アジアを合わせたものです。従来の「東アジア」史では中国が中心になっていました。しかし、中国からの視点にとらわれることなく、その周辺の地域を合わせて総合的にとらえようということです。このうち、南方、江南を中心とした地域については2巻の「江南の発展」で延べられました。この巻では北方に視点を移します。

中国を中心とした歴史では、北方の遊牧民は北狄で蛮族で侵略者です。しかしこの地域では古くから騎馬遊牧の民が興亡を繰り返し広範囲な地域を支配してきました。
一応このシリーズは「中国の歴史」なんですが、かなりこちらを中心にした記述になってきます。
中国本土まで征服してきた王朝はまず北魏ですが、侵略されたー、ではなく北魏の歴史がフツーに延べられます。そして南朝は2巻の「江南の発展」で述べられているのでほとんどパス。
やがて北方では突厥が一大帝国を築きます。隋も唐も突厥の支配下から出てきて中国統一をした系統です。やがて唐の太宗が突厥を滅ぼすと「天可汗」の称号を与えられますが、単なる称号ではなく突厥に代わる草原の支配者とみなされたのです。

そしてその唐をゆるがした大事件が安史の乱ですが、これはソグド系の民族が起こした反乱です。そしてそれの鎮圧のために唐はテュルク系の遊牧集団に助けを求めました。結局唐の内部でも多種多様な民族が混じりあって存在していたのです。

唐の末期、モンゴル高原の東南部に台頭してきたのが契丹です。耶律阿保機が征服を進めてカガンに即位し、さらに支配地域を広めていきます。渤海を滅ぼし、華北にも遠征し、農地改革を行って農耕民をも取り込みます。そして農耕民のような城郭都市を築きます。といっても、契丹の皇帝は遊牧生活は維持したままなのであまり都市に住むことはなかったとか。
契丹と言えば思い出す、大阪市立美術館での「契丹」展。最近は城郭の発掘も進んでいるということで、行けるものなら遺跡を見に行きたいなーという気持ちになります。
そして契丹が発展をしている間に唐は滅びて、五代十国の時代を経て宋が成立します。

この本では契丹の記述にかなりのページを裂いていますが、契丹と宋の同盟である「澶淵の盟」が特に歴史上重要な出来事とされます。対等な二つの王朝が交渉の末に結んだ同盟関係として、しかもそれが長く存続したということが重要な意義を持つのです。

その後東北アジアに女真が金を築きます。その経過も詳しく書かれ、本当に中国の視点から自由になった「ユーラシア東方」の歴史を綴っていることが実感できます。特に私はハルビンへ行ってから中国東北の歴史が気になっていたので、辺境として扱われるのではなくきちんとした記述があるのが新鮮です。松花江とかアムール河とか、ああ、あのあたりかー、と。金の上京遺跡なんかも見に行きたいなあ…。今ではハルビンの郊外に立派な博物館ができているらしい…というのはハルビンに行く前に買った本に書いてあった情報です。

宋は契丹と同盟を結んでいましたが、北方の「燕雲十六州」が契丹の領地になっていることが不満でした。そこで勃興してきた金と結んで契丹を攻撃して燕雲を取り戻すことをもくろみます。最初の挟撃には失敗しますが、やがて金は契丹を滅ぼし北宋の領土にまで南下してきます。ということで宋は都が陥落して皇帝の子が南方へ逃げて南宋を築くことになります。

この時の宋、つまり北宋の最後の皇帝徽宗はヘタレな文人皇帝と言われていますが、契丹を裏切って金と密約して領土を回復しようとか、結構野心があったのです。結局領土を回復できないばかりか金に征服されて金の都に連行されてしまうのですが。

この後南宋と金は戦いをつづけたり同盟を結んだり一進一退の攻防あるいは共存をしていくのですが、その頃モンゴル高原に世界最大の遊牧王朝が誕生するのです。

イェケ・モンゴル・ウルス(大モンゴル国)…うっとりするその響き。
クビライが築いた大元ウルス…うっとり。
(ちなみに現在のモンゴル国の正式国名も「モンゴル・ウルス」)。
モンゴル帝国ではまさしく東西の文化が融合し、元では多彩な国の人たちが活躍していました。マルコ・ポーロの名前が出てこなかったのはちょっと残念。

この大モンゴルもやがて解体の時期が来ます。元も紅巾の乱など激しい反乱がおこり、江南を失い、都を失いモンゴル高原へ帰っていきます。

本当に、「中国の歴史」というより「ユーラシア東方の歴史」という内容で、征服王朝とか辺境とか侵略者とかいう従来の見方をすべて排してみると、北方の遊牧民が築いた国がどれだけユーラシア東方で大きな役割を果たしたかがわかります。

巻が進むにつれて、だんだん文章が長くなってくる…。
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