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2019年11月05日00:07

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関根正二展 / 福島県立美術館～その2

(続き)

こうした中で、《信仰の悲しみ》は描かれたのである。
二科展樗牛賞受賞後、関根自身が言っている、
「私は先日来極度の神経衰弱になりそれは狂人とまで云はれる様な物でした併し私はけつして狂人ではないのです真実色々な暗示又幻影が目前に現れるのです朝夕孤独の淋しさに何物かに祀る(ママ、私註；「祈る」と読むべきか)心地になる時あした(ママ、私註；「ああした」と読むべき)女が三人又五人私の前に現れるのです」。
(月刊「みずゑ」164号～1918年10月発行)

また、評論家三潴(みつま)末松は関根の死後、こう書いている、
「病後の疲弊した肉体と恋に破れ友に離れて極度の孤独に陥った半狂乱の精神を通じて、当(あて)も無く日比谷公園を彷徨ふてゐた時、突如、共同便所の中から、様々な光に燦爛として現れ出た行列の幻影の一部を描いたものだと作者は私に語った」。
(「信仰の悲しみ関根正二遺作展覧会」兜屋画堂1919年9月発行)

それにしても、関根は、こうした幻影を描いて、何故《楽しき国土》と名付けようとしたのだろうか。
堀宜雄は本展図録の中で、「国土」はキリスト教で言うところの「御国」ではないかとの仮説を展開している。
「キリスト教では、御国に入るとは、神との合一をいい、諸欲を棄てて道を行うことをさす」、「5人の女性たちが一様に悲しげで、深刻に見えるのは、己の罪を懺悔し、神の教えに従って生きることの苦しさ、困難さを受け容れているからではないのか。」

関根はクリスチャンの洗礼を受けた訳ではないが、「神」という言葉を頻繁に日記に記している。
「神よ、私の心を何時迄も静けさと、努力の力を続けさせて下さい。どうか願います。私は出来るだけ多くの人間を求ひます(ママ、私註；「救います」と読むべき)。(中略)そして愛します。」

関根は画家としてデビュー前の1915年、長野地方を放浪した。その時、美術教師河野通勢と出会い、大きな影響を受けた。
1つは、彼の描いた絵の精神性に、1つは彼が持っていた画集に掲載されていたダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、デューラー等のルネサンス期の画家の絵に、1つはキリスト教に。
河野は、親譲りのハリストス正教会の敬虔な信者であった。
関根が困難な経験の中で、神に救いを求めたと考えるのは不自然でない。
こののち、7月には、関根は肋膜肺炎に罹り、床に就く生活を余儀なくさせられた。　(→*)
彼は死を身近なものとして意識し、一層神に縋ったに違いない。

2018年の科学的調査によって判明した事がある、《信仰の悲しみ》で女達が歩く地面は、今は茶色に見えるが、当初実は金色に光っていた。真鋳系の顔料が使用されていたのである。しかし、銅を含むこの顔料は経年によって酸化変色し、褐色になってしまう。
女達は捧げ物として花あるいは果物を手に持ち、輝くキリストの「御国」を歩んでいたのではないか。その地面にも、様々な花が咲いている。

図録には、これを補強する材料が示されている。《信仰の悲しみ》の下絵である。
1918年にパステルで描かれた12.5×16cmの小さなものだが、ここに描かれた女達の頭からは光が射しており、堀宜雄によれば、その顔は「法悦ともとれる高揚感が感じられ」る。

→(*)

その頃(1918年7/3)友人の村岡黒影に出したハガキに、青インクで奇妙な絵が描かれている。頭頂から顎へ縦に包帯を巻いた立位の女性である。
恐らく関根はゴッホの耳を切ったのちの自画像(1889)を見ていたに違いない。ゴッホの図像は、雑誌「白樺」で1911年に紹介され、日本の多くの画家達に影響を与えた。
そのイメージを、病んだ自身にダブらせ、そして女性に置き換えたのだろう。
この包帯をした女性の図像は、雑誌「文章世界」(博文館1918年13巻11月号)にも《病める者》なるタイトルで掲載された。

このイメージは、関根の最晩年の代表作《三星》(1919/国立東京近代美術館)にも活かされている。

《三星》では、真ん中にいて包帯を巻いているのは男(関根の自画像と考えられている)だが、エックス線調査で、下絵段階では乳房がその人物に描かれていた事が発見された。当初、この絵は3人の女性だったようだ。

更に話が派生するが、《三星》で両側にいる女性は、左が長姉クラ、右が、前述した田口真咲だとする説がある。
真ん中の病める関根は、愛する2人の女に囲まれ、表情も「病者」のそれでなく、やや微笑みさえ感じられるようにも見える。

最近、この田口真咲の写真が発見された。

発見者は、当展企画者の堀宜雄である。
東京藝術大学の保管する美術に関係する新聞記事の膨大なマイクロフィルムの中から見つけたと言う。
1922年の大阪時事新報の記事で、その前年の12/19に真咲が病没していたとの内容、写真も添えられていた。
影の多い粗い写真で、《三星》の右側の女性と似ているかどうかは判然としない。

また、1919年の関根正二遺作展のリストに掲載されていながら、その後行方が分からなくなっていたパステル画《少女》(1919)が、100年振りに発見された。

この絵は、関根が田口真咲を回想して描いたものかもしれない。
前掲の今東光の『幻視の画家関根正二補遺』によると、真咲は「髪の毛が少し赤く、色白で」とある。
《少女》の髪も赤い。
そして、この《少女》と《三星》の右側の女性、ふっくらした頬等よく似ているように思えるが、どうだろうか。

今後、更に関根の謎がひとつひとつ解決していく事を期待したい。

関根正二について、他にも書きたい事はたくさんあるが、まずはここ迄にしておく。
　

〈参考資料〉

・ギャラリートーク　堀宜雄

・図録「生誕120年･没後100年関根正二展」　
　執筆　堀宜雄他
　発行　2019年福島県立美術館,三重県立美術館,神奈川県立近代美術館,中日新聞社

・月刊「芸術新潮」2019年10月号
　art exhivision NEWS 『100年ぶりの「少女」と関根正二をめぐる謎』
　執筆　？
　発行　2019年10/25新潮社
　
・『早世の天才画家～日本近代洋画の十二人』
　執筆　酒井忠康
　発行　2009年4/25 中公新書
　

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