会津坂下まちなかガイド最後の訪問地は法界寺です。
ここには中野竹子の墓があるのです。戊辰戦争で娘子隊の一人として果敢に戦い果てました。
と、言われますが、当時は「娘子隊」というものは実際にはありませんでした。そもそも女性が戦場へ出るということはありえないので、娘子隊というものが作られることはなかったのです。しかし会津で長刀に励んでいた女性たちが集まって参戦を願い出ました。簡単に許されるわけはなかったのですが、髪を切って決意を表した者もおり、長刀を手にしてかなわなければ自刃して果てると言って参戦を迫る気迫に押され衝鋒隊に同道することになりました。
中野竹子はその中で敵に遭遇し果敢に戦うも銃弾に胸を撃ち抜かれたということです。重傷で助かるすべがないことを悟って妹の優子が介錯をしました。その首が法界寺に葬られました。
中野竹子は会津藩士、中野平内の娘で、幼いころから文武両道に優れ、赤岡忠良より習字や剣道を習いのちにその養女になって江戸へ行きました。その後会津に戻り中野家に戻ったそうです。赤岡も会津に戻って坂下に道場を開いていたので、そこへ通っていました。
きりりとした美貌に書を能くし長刀の腕にも優れていた竹子がその決意を述べた歌があります。
もののふの猛き心にくらぶれば
数にも入らぬ我が身ながらも
白虎隊記念館にはこの歌をしたためた書が展示されています。力強い筆の跡が見て取れます。
法界寺で中野竹子の墓にお参りをして、まちなかガイドは終了しました。
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