本当の寂しさを知ってる?
それは一人じゃない。 誰かと一緒に居るときに感じる、あの疎外感、世界が隔たれたような感覚。
大事な友人も愛した人といるときでさえ、それは不意にやってくる。
不意に吹く風のように。 春のはじめにふく、忘れかけていた寒風が凍えさせる。
身体じゃない 心が。 ああ心が。 私の心をあの風が唐突に。 胸の間にある穴を。
照明が消されたステージの上。 その真ん中にキラキラと光るカーテンのようにスポットライトが当たってその中心にその人はいた。
A4のクシャクシャの紙を手に持って寂しげな文様とは矛盾するようなキンと響かせるその女性に私は目を離すことができなかった。
百社の面接を経て滑り込んだ会社は私が予想した以上に退屈で、つまらなかった。 それに大事な何かを奪われてパサパサとしてくる味気ない生活に嫌気が差して、でもどうすることもできなくて。
残業の帰り道、このまま帰る事が億劫だった私がたまたま寄った場所。
そこはどこにでもある古びたバーで、そしてたまたまそこではライブをやっていた。
店の外にあるA3サイズのホワイトボードにはポエトリーショー。 一体なんだろうかそれは?
家に帰ってもすることが無い私は吸い寄せられるように地価にあるそのバーへと入ったのだった。
「ポエトリーディング?何ですかそれ?」
「まあ、ようするに詩の朗読だよ、自作の詩をこうやってステージ上でやってもらうんだけど、色々なスタイルがあって好きな人は好きなんだよね」
かくいう私もその口でね。
所在無げにカウンター席に着いた初顔の私にマスターは手馴れたように説明してくれたあとにそう言って笑った。
そして私は一人の詩人とであった。
凛として真っ直ぐに伸びた背中と少し背の高い彼女の醸し出す詩は耳ではなく、私の中心へと入ってくる。
ステージを終えた後、気がついたら私は彼女に話しかけていた。
驚きだ。 決して積極的ではない私が自分から、身も知らない彼女に歩き出して、『詩、凄く良かったです!』と自分でもビックリするくらいに大きな声で。
彼女はその切れ長の目を少しだけ丸くした後に、僅かに笑って、
「そう、ありがとう」
とだけ言った。
その日、私、笠原美咲は出会ったのだ。
久遠という詩人に。
牧田祥子という女性に。
「ああ疲れたー、もう仕事なんてしたくな〜い!」
玄関から入って居間にあるソファに倒れこむ。 その間にまるで軌跡のように脱ぎ散らかされた服、スカートを拾い上げながら私は苦笑する。
「だらしないですよ?」
「だって疲れたんだもん」
少しだけ吊り上がった瞳に拗ねたような色を浮かべながら唇を尖らせる彼女は耳につけていたピアスを私に手渡す。
足元に置かれたハンドバッグは彼女の状態を表すようにグタっとフローリングの床でグタリと少し形を崩している。
「今日はどうしたんですか?いつもよりご機嫌斜めですね」
「別に〜、バイト先の店長がむかついただけ〜」
ソファーに寝そべりながら器用にブラウスを脱ぎ捨て、足元に降ろそうとしたところで強引にそれを奪う。
「も〜う、シワになっちゃうでしょ?」
「はいはい、ごめんなさ〜い」
まったくもう、なんて手のかかる人なんだろう。 これでも私より年上なんだ〜始末が悪い。
ブツブツと文句を言いながら、私は洗濯機まで彼女の脱ぎ散らかしたものを拾い上げながら持っていく。
これは後で、これは色移りしちゃうから別で洗わないと。
一通り分別して、戻ると彼女は例のだらしない格好のまま足を投げ出してスマホを見つめていた。
「祥子さん、そういえば電気料金の督促状が来てましたよ、いい加減、払わないと電気止められますよ」
「ああ…うん…そうね」
返事は素っ気無い。 でもそれもしょうがない。 こんなときはいつもこうなのだ。
「次のイベントでやる予定のやつですか?」
まるでスマホにキスをするかのように液晶画面に近づけている顔のすぐ横に移動して除きこむと、小さく舌打ちをして彼女はそれを隠した。
「ああ、ズル〜い。見せてくださいよ」
「まだ、駄目!」
包み込むようにスマホごと背中を丸めて包み込んでしまう。 振り返る頬は頬をぷっくりと膨らませながら。
「もう子供じゃないんだから」
「ふ〜んだ、まだ二十五だもん」
「もう、でしょう?本当に私より三つも年上なんですか?」
がばりと起き上がって抗議する。
「ああ〜、ひっど〜い!おばさん扱いした!」
「してませんよ…せいぜいお姉さん扱いでしょう」
「絶対してる!」
「はいはい」
見た目とステージに立った時のあんまりなアンバランスさに笑いが我慢しきれなくなったので背中を向けて台所に向かう。
さすがにこれ以上笑ったら本格的に拗ねてしまうとわかったから。
本当にこれがあの詩人 『久遠』なんですかね?
往年から衰退しつつある詩の世界から現れた稀代の新星!
テーブルの隅に置かれた雑誌の表紙にでかでかと書かれたキャッチフレーズ、そして私が好きになったあのステージ上の彼女の写真。
その当人はいま私の後ろでゴロゴロと転がりながら『ウ〜ン、こうでもない…何か違〜う!』と唸っている。
「あっ、そうだ美咲!夕飯作るなら、ピーマンは入れないでよ!」
「…いい加減好き嫌いは直しましょうよ」
「やだ!だって苦いんだもん、それに緑の絵の具で塗ったくったみたいで気持ち悪い」
彼女はそう言うと苦いものを噛み潰したような顔でまたスマホに向き合う。
その背中を見ながら、私はため息を一つだけつくのだった。
土曜日の二十時。 店の中はそこそこ混雑していた。
「今日はいつもよりお客さんが多いですね」
「ああ、そうなんだ久遠ちゃんが雑誌に乗ったでしょう?それ目当てなんだよ」
久しぶりに増えたお客の姿にマスターは喜びを隠せないようだ。 忙しそうでも嬉しそうに注文を受け取っている。
はあ、祥子さんの人気が出てきたのは嬉しいけど、また機嫌が悪くなるだろうな。
祥子さんは意外に気難しく、また人見知りでもある。
『ステージに立って自作の詩を披露してるのに』と私が言うと、『そりゃしょうがないでしょう?自分の本当にやりたいことなんだもん、それくらい我慢するわよ、私だって大人だしね。』
本当の大人は掃除もちゃんとするし、来た服はちゃんと片付けるでしょう?
そう言うと「なんかお母さんみたい」と言うから、私は「誰がお母さんですか!祥子さんの方が年上でしょう?とうっかり言ったのならばまた、例のおばさん扱いした〜がはじまるので私ははいはいと受け流す。
それはたまにイラっとすることもあるけれど、意外に私はそれを楽しんでいることに気づく。
はあ、彼氏も出来ないで年上の女の人の世話なんて我ながら枯れてるなとは思うけれど。
「君も久遠目当てなの?」
不意に声をかけられて、振り返ると男が立っていた。 仕立ての良いスーツに眼鏡と爽やかそうに前髪をあげた男が立っていた。
「え、ええ…まあ…」
まさか同棲してますなんて言えないから曖昧に答える。
「僕もそうなんだよ、ほら、この雑誌を見てさ」
彼が広げたのは件の雑誌の特集ページだった。
すぐ開けるようにページには折り目がされていて、その雑誌の末尾に載ったイベント告知の日付には赤マジックで大きく○が着けられていた。
「いや〜、久しぶりに現れた詩人だからね、僕も大学の時にポエトリーディングやってったから思わず来ちゃったんだよね、ほら、ここに載せてあるこの詩がいいんだよね」
なんだろう? 祥子さんが評価されてるのは嬉しいはずなんだけど、なんか変な違和感がある。
この気持ちは一体なんなんだろう? 心がざわつくようなチクチクするような。
その男の人はその後も熱っぽく久遠の詩のここが良いとか語っていて、そこは私も好きなフレーズだったから会話自体は盛り上がった。
大丈夫かな? ぎこちなく笑えてないかな?
それでもやはり彼が久遠を褒めるたびに心は落ち着きをなくしていく。
もしかしたら嫉妬してるのかな? 確かにこの人はそんなに悪いわけじゃないけど、さすがにそれは早すぎるよね。
やがて会話が途切れた。 それも薄暗い店内全体が。
まるで時間が止まったかのように不意に。
「ほら、出てきたよ」
耳元で囁く彼の声に心臓がドキンと跳ね上がった。
あれ? 私、どうしたの?
それを振り払うようにステージに視線を向ける。
祥子さんは…ううん、久遠はいつものようにステージに立っていた。
まるで優れた絵画、彫刻のように誰もが目を離さない。 強いられたかのように。
「いや〜、やっぱり華があるね、彼女は」
マスターも今は仕事を忘れてステージの久遠に魅入っている。
リーディングは静かに始まった。
それは歌うように。 叫ぶように。 ステージの上から降り注ぐように感情の豪雨が降り注ぐ。
誰かがため息をつくのが聞こえた。 それは隣だったかもしれない。 あるいは周囲? この狭い店内?
どうでもよかった。
あの人は私とは違う。 何も無い私とは違う何かを持った稀有な存在。
居間のソファでダラダラと文句を垂れていた姿は幻で、一緒に居ることはもしかしたら儚い夢だったのかもしれない。
ちょんちょんと肩を叩かれた。
「わかるよ、彼女凄いもんね」
「えっ?」
差し出されたハンカチを一度見て、彼をまたもう一度見る。
そこで私は泣いていたことに気づいた。
ああ、これは何の涙なんだろう? 悲しいとも嬉しいとも違う。 でもそのどちらかでもあるようにも思えるし、また別のようにも思える。
必死で考えるけれどわからない。 でも涙だけはただ止めどなく瞳からあふれ出すのが止められない。
ハンカチを受け取って、何度も瞼を拭うけれど、いつまでもハンカチが湿るのをやめてくれない。
「うん…わかるよ、わかるよ」
隣の彼は優しく背中を擦りながら私を慰めてくれる。
「…………」
ふと、見上げると祥子さんが私を見ていた。 その、細い眉と少し吊りあがった切れ長な瞳で渋い顔をしながら。
「ご、ごめんなさい…これ、洗って返しますね」
「ああ、別にいいよ、気にしないでさ」
やっと涙が止まった私は何度も謝るが、彼は笑って気にするなと言ってくれた。
貸してくれたハンカチはグッショリと濡れていて、もはや湿っているとはとてもいえなくて、泣いたことよりもそっちの方が恥ずかしかった。
祥子さんはもうとっくに終えて、他の出演者達の出番も終わってたので店内は和やかな雰囲気で、あちらこちらで誰がよかったあれが良かったと話す言葉が聞こえる。
「…でも泣いてしまうのもわかるよ」
ポツリと彼が呟いた。
その表情はとても優しくて、ドキリとしてしまうほどに色っぽく。
「君はとても繊細なんだね」
「い、いいえ…そんなことは…」
思わず顔を背けてしまう。 見つめていたらどんどん頬が紅潮していくかもしれないから。
「ねえ、このあとは…その…予定ってあるのかな?」
「えっ?ええっ!」
「い、いや…よかったら…色々と話を…なんて…さ」
照れたように頭をかくその姿は私にも負けないくらい赤かったかもしれない。
「そ、それは…ど、どうなんでしょうか?」
「ええ…僕が聞いてるのにかい?」
彼が苦笑するので、私も思わず苦笑してしまった。
久遠…違った! 祥子さんはいつもステージの後でスタッフや共演者達と話してるから、いつも私が先に帰っている。
そりゃたまには一緒に帰ることもあるけれど、祥子さんの方が気を使って先に返っていいとは言われてるけれど…。
逡巡する私が口を開きかけたその瞬間、
「ねえ…ちょっといいかしら?」
「えっ…?」
「えっ…うわっ、く、久遠?」
そこには祥子さんが立っていた。
どうしたんだろう? ステージの後はなんか恥ずかしいからさっさと帰れって言ってるのに。
「この子…借りるわよ?」
そう言うと返事も聞かずに手を引いて私を連れて行こうとする。
「あっ!ちょっと…」
なおも追いすがる彼に祥子さんはゆっくりと後ろを振り返り、そしてニッコリと笑顔を貼り付けながら、
「この子、私のものなの!ごめんなさいね」
「ふあっ?ちょ、ちょっと…祥子さん!」
強引に店の外へ私を連れ出していってしまう。
彼は呆気に取られたあと状況を察して肩を落としていた。 そして店を出るその瞬間、マスターが同情するような顔で彼の前へカクテルを置くのを私は見逃さなかった。
「な、なんですか!どうしたんですか!ちょっと祥子さん!」
店を出てやっと彼女は手を離してくれた。 握られた手のひらがジンワリと熱い。
一、二度深呼吸した後に祥子さんは振り返って、
「どうしたもこうしたもないでしょう!泣いてたから心配したんだからね」
「えっ?い、いや…その…」
理由が理由なので私は口ごもってしまう。 そもそも私にだってなんで涙を流したかなんてよくわかってないのだ。
説明できるはずが無い。
「嫌ならはっきり言いなさいよ!ステージから見ててこっちはハラハラしてたんだからね!」
「い、いや…そういうわけでは…」
そこでやっと自分の行動が唐突過ぎたことを察したのか、急にバツが悪い表情をする。
落ち着かないのを隠したいのか腕をお腹の下あたりで組んで、急にしどろもどろになってしまう。
「そ、その…急にあんなことして…悪かったわよ、でも、だって心配だったから、だからなるべくすぐに向かいたかったのに、他の客とか共演者とかが…無視するのも悪いし…でもそれでも振り切ってきたんだからね」
言い訳を始める姿を見て急に笑いがこみ上げてきた。
「わ、笑うことないでしょ!美咲は可愛いから…その…ナンパされてんのかと思って…その…だから笑うな〜!」
詩を読んでいる時の年齢相応の姿とは違う、あの私達が住むマンションで居間に寝転んでいるような彼女になってしまうのがおかしくて私は我慢できずに噴出してしまった。
「だ、だから…」
「あっはっは!だ、大丈夫ですよ、祥子さんが心配してるようなことじゃないですから…」
「な、なによ…美咲もまんざらでも無かったってこと?そ、それじゃ…邪魔して悪かったわね、行っていいわよ…別に」
そういって口を尖らす。 その仕草がまた家にいるときと同じで、彼女が拗ねたときそのままなので、私はまた笑ってしまった。
「ちょ、ちょっと…な、なんなのよ…もう〜」
困り果てた機の強そうな美女が別の女の子に大笑いされている姿を通行人たちが興味深そうに見ては通り過ぎていった。
「…もう笑わないの?」
ひとしきり大笑いしてやっと落ち着いた。 まったく今日はなんて日なのだろう。
わけのわからない涙を流したり、大笑いしたり、人生でこんなに忙しかった日は無いだろう。
でも決して悪い日じゃなかった。 それだけは言い切れる。
「べ、別に…私が美咲に男が出来ることには反対しないわよ?で、でもそうなって私のことどうでもよくなっちゃうのはそれは何か違う…ああっ!違う、私、何を言ってるの?」
「もう大丈夫ですから…私が祥子さんのことなんてどうでも良くなっちゃうなんてありえませんから」
「…本当に?」
ジロリとこちらを見る。 でも私にはその姿はとても可愛らしく思えるのだ。
「ええ、本当ですよ…でも、あのときの祥子さんのこと思い出すと…くっくっく、ごめんなさい…やっぱりまだ駄目でした…ぷっくっく、アハハッハ!」
「もう美咲のことなんて知らないんだからね!」
「ご、ごめんなさ…っ、駄目だやっぱり無理!アッハッハッハ」
「もうっ!……ねえ、美咲?」
「は、はひっ、なんですか」
「私の詩人名って久遠って言うでしょ?その意味は知ってる?」
「いいえ…だって聞いても適当に決めたとか、好きなマンガの主人公とか言って真面目に答えてくれないじゃないですか」
「それは悪かったわよ…その、恥ずかしかったからね、でもこうなったら正直に言うわ。私の付けた久遠って名前はね?」
「…はい、なんですか」
彼女は少しだけ顔を赤らめて、そして目をそむけながら、
「久しく遠い。 誰だって隣にいても永遠にわかりあえない。 それでもそれでもときに、ううんごく稀にわかりあえると思える人がいるかもしれない。だからその人に会えることを。 定められた運命の人、離れていてもいつかは会える存在、久しく遠い存在。 それを夢見てつけた名前がそれよ」
「はあ…そうなんですか」
「そ、それでね…そういう人が見つかったら、その人にだけ言おうって決めてたのわ、私の名前の意味」
「えっ?それって…」
「ま、まあ…考えていた人とはちょっと違うけど、親友とも違うし、なんていうか大事な人って言うか、でもそれは…その好きじゃないとはまた違って…ああ!とにかく私にとってあんたは大事な存在ってことよ…ってちょっと、なんで泣いてんのよ!」
「えっ?私、泣いてますか?」
頬がヒリヒリとする。 流した水が夜風に晒されて乾いたところがまるで火傷のように少しだけ痛む。
「もう、拭きなさいよ、これじゃ私が泣かしてるみたいじゃない」
「ある意味、祥子さんが泣かしてるんですけどね」
「ちょっとそんなばっちいもので拭かないの、私のがあるから、本当に手が掛かるわね」
彼から借りたハンカチでもう一度拭こうとしたが、それを強引に奪い取って祥子さんは自身のハンカチで私の涙をふき取る。
「はあ…今日は色々と疲れたわ。このあとにもう一度やんなきゃいけないのに」
「えっ?またステージに立つんですか?」
「そうよ、店の計らいでね、私だけ特別にってこと…だいたいこの間の雑誌にそのことも書いてたでしょう」
「だってステージの予定日はいつも祥子さんから直接聞いてたから…恥ずかしいからあまり見るなって言われてたし…」
「ああ、そうね…とにかくもう一回詩を読むから!ちゃんと聞いてなさいよ。それとあの男とは離れた席…ううん、向こうからきそうだし、ステージの裾にいなさいいいわね?わかった!」
口早にそういうと彼女は私の手をまたとってステージへとつれていく。
行く途中、ハンカチを貸してくれた彼はマスターと何か話をしていて気づいてはくれなかった。
それを私は残念に思ったのだろうか? ホッとしたのだろうか?
それはわからない。
だっていまは胸の真ん中がホッコリと暖かくて、それを考える余裕なんてなかったのだから。
やがて久遠がステージに再登壇した。
昇った彼女はやや緊張したようにマイクを持って、少しだけ語る。
「え〜、今日来てくれた方々、ありがとうございました。私は、その…これといった特技も無くて、ただ詩を書くことだけしかしてきませんでした。 なので自分でも驚くほどに駄目で、それをよく大事な人に怒られます。でもそれを許してくれる大事な人はとても大切でかけがえも無くて、だから自分でも馬鹿なんじゃないかと思えるけれど甘えてしまって…だから、その今から読む詩はその大事な人に向けて作りました。 聞いてください。
それは久しく遠い存在。 それは部屋の隅よりも、世界の果てよりも、宇宙の先まで遠くて、でも懐かしいもの。
そして願って止まないもの。
すがりつく幸せと怒られる喜び。 もしかしたら間違っているかも。
ときには言い争うけれど、それすらも愛しい日々 それにヒビが入らないことを祈りつつも考えて握る指先は熱い。
一緒にいることは幸運だけれど、それが一緒ではないことはしってるの。
それでもあなたとここにいる。 それが好き。 だからいつまでもまたここで。
傷つき、疲れ果ててもどうかいつまでもここで。
貴女のことを考えているのにまた背を向ける。
どうしようもなく私だから、背を向けた私。 あなたのその指と指の先、触れ合う一センチにも満たないその場所だけで私はここにいられる。
久しく遠い存在 久遠のあなたよ。
例えば熱も消え、凍えてしまいそうになってもあなたと私はここにいる。
それだけでここが好き。 だからまたここで。
あの場所でいつまでもここにいる。 だからまたここで会いましょう。
「くふふ…ふふ」
「何笑ってんのよ?」
店を出てから、最寄の駅に降りても私はまだ笑っていた。
「別に〜、だって祥子さんがいつまでも一緒にって言われたからじゃないですよ」
「あのね、あれはあくまで詩、しかもいつまでも一緒にじゃない!いつかまたここででしょうが!」
「はいはいそうですね、いつかまたここで、でしたね」
「ったく、だいたい詩って言うのは気持ちを百%込めるもんじゃなくて、比喩とか色々言いまわして新しい言葉をって聞いてないし」
「いいえ?聞いてますよ…そうだ、お家に帰ったら何か作りますね、確かこの間の買い物の残りがまだあったはずだから」
「…うーん、それじゃオムレツ、椎茸は無しね」
「え〜、それじゃ椎茸が腐っちゃいますよ、せっかく買ってきたのに」
「やっぱり買ってきたのね、どうりで何か泥の塊みたいなのが見えたのよ」
「いい加減、好き嫌いはやめませんか?」
「やだ、っていうか美咲が食べればいいじゃない」
「え〜、わざわざ椎茸無しと有りで作り分けるんですか?面倒くさいんですけど」
「それじゃ椎茸、買ってこなければいいじゃない」
「駄目です、食べれるようになりなさい」
「あんたはお母さんか!」
「はいはい、見たいなものでしょう?本当に手が掛かるんだから、でもそれが嬉しいんでしょう?怒られる喜びでしたっけ」
「む〜、もう、あんたをイベントには呼ばないわ」
「いいですよ〜だ。イベントの予定は行雄さんに教えてもらいますから」
そういってポケットからメモを取り出してヒラヒラと見せる。
「…幸雄って誰よ、ああー!もしかして」
「帰るときにこっそり連絡先渡されちゃって」
「あのナンパ男!油断も空きも無い!」
「それじゃどうしますか?祥子さんが教えてくれないなら幸雄さんに連絡して教えてもらおうかな〜」
「わかったわよ、だからそれはポイしなさい」
あっさりと降参して私の手から連絡先の書いたメモを奪い取ろうとするけれど、それを私は避ける。
「はいはい、考えておきますよ」
私はそのまま走り出した。 遅れて祥子さんも私を追いかける。
「ちょっと聞いてんの!美咲!」
時刻はまだギリギリ土曜日。 空にはポッカリとお月様に僅かな雲。
私達は走り出す。 いつものあの場所。 二人が住むマンションへ。
祥子さん、私も同じですよ。 私も探していた久しく遠い存在。
だから傷ついても喧嘩しても一緒にいましょうね。
そして何度でも出会いましょう。 たとえ一時離れても いつかまたここ、この場所で。
久遠の貴方といつまでも。
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