mixiユーザー(id:60260068)

2018年06月20日14:23

143 view

SF小説『十年漂流』【後編】

SF小説『十年漂流』【前編】
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1967118998&owner_id=60260068

SF小説『十年漂流』【後編】


******

 シートが前後に揺れているので、私は何が起こったかと目を覚ました。
《アキラさん、目を覚ました?》
 キャノッピーに見える景色は、やはり出発時と何ら変わるところは無かった。
「ああユキ、君か、転送公海に入ったのか?」
《ええ、これから数日は、天体による転送時の影響がありません》
「ほう、それは、転送公海の定義によるものか、それとも、君独自の考えか?」
 私は片眉を上げて笑いながら、しかし興味深く訊いた。
《どちらとも。貴方の理論は正しい筈でしょ?》
「どうだか。君は、あの装置で転送出来ると思うか?」
《思うわ。転送してもらわなきゃ困るもの》
「困る?どうして?」
《だって、貴方が悲しむのは見たくない》
「ユキ女神は未来が見えるのかと思ったよ。」
《未来が見えると面白くないんじゃないかしら》
「……確かに……さて、それじゃあ、転送を試みる。通信をステーションに切り替えるから、次にゆっくり話せるのは転送先で、あるいは、この近くで、ははは。」
《じゃあ、転送先で。see you》
 通信を切り替え、私はステーションの江口を呼び出した。
「ステーション・パイオニール、こちらエスペランサ、応答願う。江口、聞こえるか?」
〈……こちらステーション・パイオニール、江口です。何とか転送通信を拾えているみたいです。もう、ヒヤヒヤしましたよ、そろそろ転送通信も拾えなくなるのに教授からの通信は無いし……実は、エスペランサ・コンピュータの音声回路が切断されています。それが……〉
「ああ、コンピュータと話していて、さっきステーション通信に切り替えるために切った。」
〈……何ですって!?さっきまでコンピュータと話してたんですか?……いや、それはおかしいです。だって、データによると、音声回路は、出発時には既に電源が入らない状態になっています。出発後のステーション、エスペランサ間の通信で、コンピュータが転送装置の電源を入れた、と教授が仰ったので詳しく調べてみたんですが、出発時からこれまで一度も音声回路には電源が入っていないんです。教授、何か陰謀が絡んでいるんじゃないでしょうか、危険ですからどうか引き返して下さい……〉
「……なるほど、興味深い。君の陰謀説だが、ないな。陰謀なら、電波通信で片道一時間以上、転送通信でも途切れるかもしれないほどの遠隔域までエスペランサ号を破壊せずに放置するか?コンピュータの暴走だとしても緻密過ぎる演出。兎に角、この状況はとても魅力的だ。……転送後三ヶ月間、私からの連絡が無ければ、この計画の全権を君に譲る。私を助けようなどという事は考えずに、実験成功に向け励んでくれ。」
〈……分かりました。全権は私に移されるのですね、では、教授の救出に向かいます。人類の財産を探しに行きます。どうかそれまで生き延びて下さい……これより転送実験サポートに入ります……〉
「熱血漢の聞かん坊が……では、装置の出力を上げる。転送先の座標にマーキングを頼む……」
〈……了解、未知の世界へ行ってらっしゃい!See you again!……〉
 ベルトが伸びて再び体が縛られる。あとはコンピュータが最良とはじき出したタイミングで自動的に転送装置が働く。私は星の海を見るだけでやはり何もしない。そして、転送装置が、今までにない奇妙な音を微かに立て始めた。
「やった、やったぞ江口!エスペランサが宇宙を掴んでいる!」
 突然、シャトル内の計器が一斉に赤く光ってゼロを表示し、電子音の警報が鳴り始めた。
「ユキ!ユキ?……」
 私は通信を切り替え、ユキを呼びながら外界の景色に目をやると、左に見えていたオリオン座の様子がおかしい事に気づいた。中央にある三連の星々が微妙にずれているのだ。
「ワープしている!成功したんだ。」
 しかしそれだけではなかった。二〇八七年に超新星爆発をして星雲になった筈のベテルギウスが、恒星のまま煌々と輝いていた。しかし、星の見かけの時間を戻すには、その星から高速より早く遠ざからなければならない。オリオン座を真横に見て移動すればベテルギウスとの距離は変わらない筈。
(何が起こっているんだ?)
「ユキ、ユキ?どうした?」
 ユキの応答が無い。コンピュータ画面を操作し、現在位置の3D画像を出した。しかし画面の右端にはERRORが表示された。
 その後、しばらくユキに呼びかけたが、やはり応答は無かった。
(江口が言ったように電源が入っていないとすると……)
 画面に電源リストをピックアップしてみると、やはり音声回路の電源だけが入っていなかった。私は電源を入れ呼びかけた。
「コンピュータ・エスペランサ、聴こえるか?」
《ええ、聴こえます》
「ああ、良かった。……ユキ、オリオン座のベテルギウスがおかしい、星雲だったものが元の恒星の姿に戻っている。」
《ユキというのは私の事ですね?ニックネームありがとうございます。ベテルギウスの件ですが、残念ながら分かりません》
 私は血の気が引いて息苦しさを覚えた。
《教授、大丈夫ですか?》
 声はユキのものと同じだが、様子が転送前とは明らかに違っていた。
「大丈夫だ君は、私と話をするのは今が初めてか?」
《ええ、初めてです》
 その後、数分ほど沈黙が続き、私は気をとりなおして言った。
「コンピュータ、ERRORを解除して数値を入れ直してくれ。このシャトルと地球との距離はどれだけある?」
《ERRORの件、了解。地球との距離、およそ九兆四千六百七億三千六十三万二千五百キロ》
「つまり、約十光年だな。シャトル・ベテルギウス間と地球・ベテルギウス間とに光年差が有るか?」
《いいえ、ほぼ同距離です》
「現在外界に見えている星の位置は、過去のデータと照らし合わせると何年の物になる?」
《はい、二〇八五年の物です》
「地球とシャトルの両方で十年前に見えていた物を同時に見ている事になる、要するに、シャトルは十光年の距離を瞬時に移動する代わりに、十年の時間を逆戻りした。すなわち、タイムスリップ。」
《それは質問ですか?》
「いや、独り言だ。それより、転送前に私と話をしていたコンピュータ音声の主は何処へ行った?」
《分かりません》
(私を守るんじゃなかったのか?由紀子を生き返らせるんじゃなかったのか?)
「……そうか。コンピュータ、これから地球に向かってシャトルを転送したらどうなる?更に十年前の過去に戻るか?」
《分かりません》
「だろうな……シャトルの状態確認を頼む。私は転送装置の確認をする。」
《シャトルの方は完了しています。異常ありません》
「手際が良いな、ありがとう。」
 私は、コクピットから抜け出し、機体と転送装置の隙間に入り込んで点検に取りかかった。

******

「よし、コンピュータ、百八十度旋回する。」
《OK、サポートします》
 点検を終え、シートにへばりついた私は初めて操縦桿を握った。
《旋回OKです》
 操縦桿をゆっくり右に回すと、星々のスクリーンが左に移動していき、私は子供のように旋回を楽しんだ。しかしそんなひと時も百八十度の旋回を終えれば、また星の海の動かない景色になる。私は一刻も早く過去の地球へと向かいたくなった。
「続けて転送準備に入る。転送先のマーキングは君に任せる。では出力を上げる。」
《了解、前回の転送出発点にマーキングしました》
「よし、転送タイミング、いつでもいいぞ。」
《了解、間も無く出発です》
 前回同様、転送装置が奇妙な音を微かに立て始めた。そして今回はベテルギウスの動向をはっきりと確認した。星々が微妙にずれる中、ベテルギウスは忽然と消えた。再び警報が鳴り、計器が赤くゼロを表示した。
「消えた?なぜ?また二〇九五年に戻ったのか?コンピュータ、星の位置は何年のものだ?」
 問いかけたが応答がない。その後、警報を切ってコンピュータに数回呼び掛けたが応答は無く、船内は無音になった。飛行プログラムもダメージを受けていて目的ポイントが定まらない。私は通信を切り替え、一か八か、ステーションに呼び掛けた。
「こちらシャトル・エスペランサ、ステーション応答願う。こちらシャトル・エスペランサ……(どこか拾ってくれ)……」
〈……ション・フォルトゥナ……通信が途切……よく聞こえ……〉
 その途切れた女性の声はユキに似ていた。
「ユキか?……こちらシャトル・エスペランサ、故障のため飛行が難しい。出来ればフォルトゥナへの誘導を頼む。コンピュータの故障でマーキングが難しい、誘導を頼む。」
〈……誘導ですか?……して下さい……を送ります……〉
 間も無く飛行プログラム画面にマーキングが付いた。
「thank you, これより手動で高速飛行を始める。サポート出来たら頼む。」
 スロットルを最大に引き、緊張した両腕で操縦桿を支えた。しかし、緊張は二十分ほどで解けた。ステーションが自動で誘導を始めたからだ。そのためか、私は強烈な眠気に襲われた。

******

〈……教授、教授、大丈夫ですか!?……〉
 聞き覚えのある声に私は目を覚ました。
「江口、か?……フォルトゥナから通信しているのか?」
〈……イヤッホー!やった!教授、無事だったんですね、江口ですよ、江口、ううー、涙が出る。早く移って来て下さいよ、もう一人教授を待ってる人がいますよ、早く!……〉
「もう接続してたのか、すまん、完全に眠っていた。」
〈……やっぱりそうですか、十年も漂流ってどうやって過ごしてたんですか?……〉
「はあ?何を言ってるんだ?兎に角そっちに移る。」
 十年漂流という言葉が、事実をどう当てはめてもそうはならず、冗談にしても、江口にしてはおかしな発言をしたものだと思いながら、江口だからこそ調子っぱずれな発言なのかも知れないとも思えて、一人ほくそ笑んでハッチを開け、真っ暗なチューブを這って行く。新世界へと誕生する赤ん坊のように私は這って進み、ヘルメットがコツンと当たってハッチに到着した事がステーションの江口に知らされる。ハッチが開くと、江口の顔が眩しい光の中に現れた。
「吉月教授、お帰りなさい!」
チューブを這い出し、ヘルメットを脱ぐと、私は泣きじゃくる彼に向かって言った。
「額、そんなに広かったか?」
「何を仰いますか、十年も経てば誰だって歳をとりますよ。でも無事で本当に良かった。私のことなんかより……」
 江口が後ろを振り返ったので、視線の方に目をやると、信じられない事実に息が止まり、目を見開き、口を開けたまま突っ立った。
「アキラさん、帰ってきてくれたのね……」
 江口の後ろでヘルメットを脱いだ女性は、紛れもなく、死んだはずの由紀子だった。私はあまりの驚きに声も出せず、生き返った妻の顔を確かめようとするが、溢れかえる涙に邪魔され、抱きしめて口づけて来る彼女にようやく真実を確かめる事ができた。
「貴方が宇宙に消えてから十年の間、貴方がくれた女神の像に祈り続けたわ。そして、夢に現れた女神が言った通りに江口教授の助手をさせて頂きながら貴方の帰りを待ってた。本当に帰って来てくれて嬉しい。」
「ああ、由紀子、何が何やら分からんが、時空の歪みが生じたか、私がそこへ落ち込んだか、どっちにしても本当に由紀子なんだね。あの、二人でイタリアを旅していた時に出店で見つけた女神像が君に引き合わせてくれたのだろう。宇宙飛行の間、私も女神に会ったよ。と言っても君によく似た声だけの女神だったが。」
 ふと、彼女が、江口の事を教授と言った事を思い出した。
「江口教授って言ったが?」
 江口が慌てて口を開いた。
「あああ、吉月教授の後を継いで、転送の研究と実験を奥さんの力を借りながら進めていました。そのうち教授って事になりまして……必ず吉月教授を助けに行くって、出発の時、言いましたよね、私。必ずここに戻ってらっしゃると思って宇宙空間に出来るだけ居るように……」
 江口は涙でぐちゃぐちゃになった顔で微笑んだ。
「ありがとう。」
 そして私達夫婦は、その三日後の朝、別のシャトルで大気圏内に戻った。二人きりの永遠に続く約束の飛行が再び始まった。







終わり
3 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する