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2018年05月27日09:38

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小説『戦わない国』⑶

『戦わない国』⑴
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『戦わない国』⑵
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『戦わない国』⑶


【現】父と息子と[後半]

 テレビもスマホも無い、安全に囲われた自然ではあるが、少しだけ不自由な環境の中で、力を合わせて時を過ごしていくという、細やかな幸せを二人は噛み締めていた。ましてや、日常生活の中では、幸せでこそあれ、恐れる事は何一つ無いのだ。しかし昭は、その幸せが壊れるという恐ろしさを新たに感じていた。今まで干渉していなかった夢と現が繋がる危険がある事を思い出したのだ。
「猛、ここでは二人一緒に行動するぞ。一人で何処かに行ったりするなよ。じゃないと、俺、寂しくて泣いてしまうかもしれないぞ。ははは。」
「父さん、三歳児かい。本当に泣いてたらメッチャ引くわ。はは。大丈夫。夜中もトイレについて来てね。でも入ってこないでよ。」
「当たり前じゃ。」
 飯盒飯が出来上がり、バーベキューをつまみながらビールなどをひっかける。夜の木の幹が焚き火に照らされ、肩を組んで歌っているかのようにゆらゆらと二人を取り囲んでいる。
「月の無い闇夜というのも良いもんだなあ、一つ一つの灯りがドームのように団欒を映し出していて。」
「父さん詩人だなあ、そういう父さんの一面は初めてみるよ。」
 猛はしみじみと言った。
「俺はこれでも昔は詩を書いてたんだぞ。ま下手だったけどな。」
「へえー。文化系なんだね。俺はどっちかって言えばガテン系だね、そう、体育会系通り越して。」
 その時、作業着を着た男が声を掛けて来た。
「管理棟の者ですが、不審者を見かけたという情報がありましたので、もし夜中に荷物をあさるような音が聞こえたらテントの外には出ずに管理棟に電話を下さい。携帯、お持ちですよね。はい、ではお願いします。」
(おいでなすったか)
 昭はそう思った。
「父さん、話っていうのはね、」
「ああ、そうだったな。」
 猛は小さくなりかけた焚き火を見つめながら続けた。
「子供の頃、俺、父さんが嫌いだった。薄々感づいてはいたでしょ?でも最近、ある事が理由で俺の気持ちが徐々に変わっていった。そのある事、ていうのが、アラタ国でのアキラとの出会い。」
 アキラは一瞬息が出来なくなった。
「……はあ?何だそれ、お前何言ってんだ?ちょっと待て、俺、夢の話したか?あれ?」
 昭は混乱して訳が分からなくなった。
「いや、夢の中で、俺や母さんの事を話しただろう?」
「ちょっと、お前誰だ?あ、いや、お前も夢の中に居るのか?」
「ああ、ヤブレオだよ。」
「ヤブレオ?うっそだろ、いや、んな訳ないだろ、あいつは俺と同い年だ。」
「それが、俺の場合、半年前からあの夢に繋がったから、既に二十歳だった。」
 昭は言葉を失い、瞬きさえ忘れていた。
「そんな事があるのか?俺は生まれた時からだぞ。じゃ待てよ、半年前だから六ヶ月を時間経過の率(2.5)で割って、」
 昭は木切れで土に数字を書いて計算した。
「約二ヶ月半、俺たちが国の特別組に選ばれる直前じゃないか。で、現の半年前って、お前がラグビーで一時的に記憶喪失になった頃じゃないのか?」
「おお、覚えてんだあ、意外に気をかけてくれてんだね。」
「当たり前じゃないか、近親者に記憶喪失者って面白いだろう?お客さんにもいっぱい話したぞ。」
「俺有名人かい。」
 そして昭は真面目な顔をして言った。
「じゃあ、分かってるな?おそらくカザマキは、今日、俺たちを襲いに来る。
「うん、だから木刀を持って来た。」
「用意がいいなあ、でも間違って殺したりするなよ。相手は計算では爺さんって事になる。」
「確かに。気をつけるよ。」

 夜十時を過ぎてもカザマキは現れない。このまま夜に眠れないと思うと、二人は余計に奴の事を腹立たしく思った。テントに入って寝る準備を整えると、何もする事が無く、猛は溜息を吐いた。
「あいつ来ないなあ、父さんどうする?」
「お前先に寝ていいぞ。俺は朝方少し寝られればいい。」
「父さんこっちじゃヘナチョコだから大丈夫かなあ。」
 昭はバッグを探って何かを取り出した。
「これがある。お嬢様用だが、これは強烈だぞ。」
「え?コンパクト型スタンガン?」
「いや、警報装置だ。」
「なんじゃそりゃ、武器じゃねーじゃん。」
「当たり前だ、現で武器なんか持てるか。」
「そうだけど、まさかこの人が向こうで最強のアサシンだと気づく人もいねえだろうなあ。」
「奥ゆかしいだろう?」
「じゃあ、頼むね。」
「おう。」
 猛は呆れて毛布にくるまり、ランタンを消した。すると、ものの四、五分で寝息を立て始めた。
 猛が寝てしまうと、真っ暗なテントの中では、虫の声が耳鳴りのように聞こえ続け、やがて一時間もすれば、聞こえていないのと同様に気にならなくなる。ところが逆に、何らかの理由で、虫の声が一斉に止んだ時、突然、頭の中で極めて高い周波数の音が幽かに、しかし強く聞こえ始める。
(テントの外に誰か居る。来たか、カザマキ)
 昭は猛の肩を揺すって起こし、猛の耳元で囁いた。
「木刀、構えろ。俺は装置。」
 猛は昭の手の甲を二度と叩いて静かに体を起こす。テントの外は、虫の声が聞こえたり止んだり。二人が息をひそめて様子を窺っていると、コーヒー缶のキャップを回し開けるような音がした後、テントの屋根に液体が垂れる音がした。
(まずい、灯油か?)
昭は出入口のファスナーを気付かれないよう静かに開け、猛に耳打ちした。
「テントに火がついたらお前が先に出ろ。」
 外の男の荒い息遣いが聞こえる。小さな光が二度瞬き、明かりが灯った。光が揺らいでいる。ライターだ。炎がテントの周りに移り、明るくなった。
「今だ!」
 猛が素早く出て、外の男の足に木刀を激しく打ちつけた。
「ああーっ!」
 男は痛みに転げ回り、足を抑えながら這って逃げようとしている。猛はロープを取り、男の腕を背中に回して縛った。そこへ三人の男達が駆け寄って来た。
「県警の者です。不審者がいるという事で警邏に来ましたが、燃えているので驚きました。放火ですか?」
「はいそうです。この男が犯人です。」
 と猛は答え、犯人を引き渡した。
「それでは、あちらで詳しいお話を伺えますか?」
「分かりました。父さん、火の始末などを頼んでいいかなあ。」
「ああ、任せとけ。」
 猛は警官と一緒に管理棟の方へと歩いて行った。昭はバケツの水でテントの火を消した後、レジャーテーブルのベンチに腰掛け、ペットボトルのお茶を飲みながら一息ついていた。すると老人が話かけて来た。
「大変でしたね、大丈夫ですか?」

******

 猛は、管理棟に着くと、小さな部屋で、放火された経緯について刑事課長から質問を受けていた。
「犯人とは面識がありますか?」
「いいえ、初めてです。」
「恨みなど、思い当たる事がありますか?」
「さあ、よく分かりません。」
「まあ、今日は時間も遅いですし、これくらいにしましょう。」
 ドアからノックが聞こえ、部下が入って来た。
「課長、ちょっと良いすか?」
 部下が課長に耳打ちすると、
「分かった。ちょっと向こうで待っててくれ。」
 部下が出て行くと、刑事課長が声をひそめて言った。
「俺はアマヒキだ。いいか、」
「マジ?男?」
 刑事課長はしかめっ面をして続ける。
「んな事ぁどうでも良い。捕まえた奴は連続放火犯だ。つまり、おそらくカザマキじゃない。歳も若い。となると、カザマキはまだ野放し。」
 猛の顔が青ざめた。
「父さんが危ない、行かなきゃ!」
 二人は部屋を出て現場に向かう。
「佐藤、お前も来い!」と刑事課長。
「は?どうかしたんですか?」と佐藤。
「いいから、つべこべ言わずに来い。」
 三人が走る。
「父さん、どこに居る?」
 猛が叫ぶが昭が見当たらない。
「暗くて見えねえな、外灯を点けてもらえ。」
「はい。」
 課長が言うと、佐藤は管理棟に走って戻った。
「は、声がする。懐中電灯貸して!」
「あ、ああ。」
 懐中電灯を手に取ると、猛は燃えたテントの向こうの茂みに走り寄った。
「父さん、父さん、どうした?刑事さん、父さんが刺されてる!」
「畜生、なんて事だ。直ぐ救急車を呼ぶ。」

 間も無く外灯が灯され、焼けた区画の隅で、昭を取り囲む男達の姿が映し出される。刑事課長は昭に質問した。
「どんな奴か分かるか?何か特徴は。」
「火を全部消した直後で殆ど見えませんでしたが、老人だと思います。きつい加齢臭と線香の匂いがして。ああ、あと、靴が少し光りました。キャッツアイみたいな。」
「分かった、スニーカーだな、十分だ。必ず捕まえる。」
 刑事課長は携帯を取り出し、署に犯人の特徴を知らせた。


【夢】サユメの挑戦

 アキラは目を覚ますと、強い倦怠感に苛まれた。アマヒキとヤブレオはまだ眠っている。暫くして、アキラは立ち上がって深呼吸をした後、閂(かんぬき)を外して扉を開けると、そこに大隊長が立っていた。
「どうでしたか?」
「しくじりました。暗闇で腹を刺されて私は今治療を受けています。。犯人はおそらくカザマキでしょう。
「腹を?大丈夫なんですか?」
大隊長は一度アキラの腹を見て心配そうにしている。
「この世界で生きてるって事は、私はまだ死んでないようです。貴方にお願いがあります。私が隣の部屋に入れるようにしていただきたい。出来ますか?」
「では、とにかく石工や鍛冶屋に来させて打ちこわすしかないですね。直ぐ手配します。」
 アキラはその後、サユメを探しに通路を戻った。突き当たりの階段を上がりきって舞台に出ると、陽は西に傾いていた。眼下の兵士達は持ち場に戻ったようで誰も居ない。舞台の反対の階段を下りると同じような通路があり、部屋がいくつもあった。奥の部屋からサユメの声が聞こえ、入ってみるとサユメが師団長と話している。
「出来る事はやりました。しばらくお目覚めにはならないでしょう。一日、二日かかるかもしれませんが、お目覚めになられたら、元の陛下に戻っていらっしゃると思います。」
「ご厚情に感謝致します。平和で豊かな我が国を、元帥に乗っ取られていくのではという大きな懸念がありましたので、それが払拭出来て安堵致しました。」
「しかし、元帥はまだ捕らえられていません。」
アキラの声に気づくと師団長が訊く。
「ああ、アキラ殿、如何ですか、捕らえられますか?」
「説明が難しいのですが、元帥は個室に立てこもって異世界へ行っています。実は逃げている訳ではなく、異世界に居る私達三人を抹殺するためのようなのです。現(げん)に先ほど私が腹を刺されて今治療を受けています。」
「え、うそ、大丈夫なの?」とサユメ。
「確かに、歩いて大丈夫なのですか?」と師団長。
「そこが説明の難しい所です。とりあえず大丈夫です。そこで早く事態を収拾させるために、このサユメの力が要るので、宜しいですか?」
 とアキラは手をサユメに向けて、師団長に言った。
「ああ、では、部屋に立てこもっているという事は、隣にある陛下の避難室の事ですね?」
「え?」
 とアキラは部屋を出てみると、五メートルほど先の隣の扉二つが金属で出来ていて、それぞれに見張りが立っていた。
「なんだ、直ぐそばだったのか。という事は、陛下を元帥がそばに居るこの部屋に匿うのは不味い。ベッドのまま町に移される方が良いでしょう。ここは既に戦場だと思われた方がいい。」
 師団長はアキラの言葉に従い、直ぐに移動の用意に掛かった。アキラはサユメを連れて鉄の扉の前に立った。サユメがアキラの腹に手を当てている。
「ありがとう、もういいよ。」
「でも、私、向こうに行けないから、こちらで出来ることを気がすむまでさせて欲しい。」
 サユメは当てている手を外さない。
「分かった。……この部屋にカザマキが居る。中から閂が掛けられているから、今、大隊長が開けられるように手配してくれている。扉が開いたら、サユメには、カザマキがあっちの世界のどこに居て、どんな顔をしているかを探って欲しい。」
「分かった……」
 サユメは扉を押したり耳を当てたりして考えていた。
「閂ってどれくらいの大きさ?重くなければ開けられるかも。」
「え?そんな事が出来るのか?」
「分からない。でも出来るかもしれないと思う時はだいたい出来るの。」
 アキラは思い出して隣の扉の方を向いた。
「そう言えば、大隊長が隣の部屋も同じ造りだと言ってた。」
 サユメは隣の部屋の閂を確認した。
「位置的にも同じね。鉄の棒が渡してあるだけだから多分大丈夫。」
 そして彼女は閂外しにとりかかった。頭と両掌を扉につけ、じっとして動かない。しかし、しばらくすると金属が擦れる音が響いてきた。
「動いてる。閂が動いてる音だよ。」
 アキラはそう言った後、顔色が悪くなり、壁にもたれて目を瞑ると、そのまま床に崩れ落ちた。
「アキラ?どうしたの!」
 サユメは扉に当てていた掌を外し、屈んでアキラを見た。
「止めるな、お前が頼りなんだ。俺は死なない。必ず復活するから、だから、閂を外してくれ……」
 アキラは目を閉じ、そして意識を失った。
「アキラ?アキラ!」


【現】猛とカザマキ

 間もなく救急車が到着し、アキラは応急処置を受け、救急病院へと運ばれた。
「父さん、何やってんだよ、せめて俺が就職するまでは生きててくれって言っただろ。ちゃんと約束守れよ。」
 猛は、昭の手を握って泣いていた。
《救急車通ります、車を移動させて下さい》
 救急車が減速して、
《車を停めている方、至急車を移動させて下さい!》
 とうとう停まってしまった。救急隊員が車を降りて、前の車の方へ駆け寄った。
「ご主人、どうなさいました?……故障ですか?」
 待っていた猛は、堪らずに運転席の方から前の車の方へ出た。幅の狭い道の中央に斜めの状態で立ち往生している車の運転手は、エンジンがかからず困っている様子。
「俺、車押しましょうか?」
 猛は隊員に言って車の後ろに向かう。
「そうですね、押しましょうか。」と隊員。
「ご主人、車を押しますから、ハンドル操作をお願いしますね。ギアを外します、鍵を貸して下さい。」
 運転手はもたもたしている。
「え?何ですか?何を外すんですか?」
「車を動かすので鍵を貸して下さい。」
 隊員は苛立ち気味。
「何で?」
「車を動かしますから、」
「お前、いい加減にしろよ、どけ!」
 猛は運転手を車から引きずり下ろして鍵を取ろうとしたが、ハンドルに刺さっていない。
「鍵を何処にやった!」
 鍵は男が手に持っていたが、男は鍵を車の下に投げ入れた。
「テメー、わざとやってるな、貴様、カザマキだろう!」
 猛がそう言うと、男は林の方に逃げて行った。猛は男を放って、車の下に潜り込み、鍵を取ってエンジンをかけた。
「かかるじゃないか!やっぱりあいつがカザマキだ。隊員さん、先に行って下さい。私は後で行きます。」
 猛が車を移動させると、救急車は走り去った。猛は鍵を引き抜くと、逃げた男を追って林に入った。しばらく走って耳を澄ますと、微かに小枝が折れる音が聞こえ、その方向へと向かった。懐中電灯の照らす景色が揺れて呼吸が荒くなる。 猛は走るのをやめ、懐中電灯を消して再び耳を澄ませた。虫の声以外は聞こえない。カザマキが近くに潜んでいて、いつ襲って来るかと緊張して心臓が高鳴る。猛は先ほど刑事課長に聞いて登録した番号に電話をかけた。相手の携帯が鳴っている。猛は辺りに気を配りながら電話に出るのを待った。
〈猛君だね、どうした?〉
「カザマキを発見した。俺は救急車を降りてカザマキの近くにいる。こっちに来て。シルバーの乗用車の進行方向左の林の中。頼む、早く来て。」
〈分かった、無理をするな。奴が近づいて来たら逃げろ、いいな〉
 猛はスマホをポケットに仕舞い、辺りを窺いながら木の幹に隠れた。カザマキはスマホの明かりを見て、猛の居場所に気づいている筈である。虫の声と自分の息遣いの音だけでカザマキの足音は聞こえない。
(木刀持って来れば良かった)
 風が吹く度、カザマキかと身構える。既にカザマキは近くに居ないのではないかと思えば、孤独を感じて虚しくなる。沿道に戻ろうかと思っていると、じわりじわりと移動するような音が聞こえ、そのままじっとしていると、音はカザマキの車の方へと近づいていた。そこへ自動車が到着する。刑事の車である。刑事達が車から降りたところで、猛は懐中電灯をつけ、大声で叫んだ。
「その辺に居る!明かりの所に居る!」
 猛は、音のした方に懐中電灯の光を当てて知らせた。三人の刑事は直ぐに近辺を探した。木の陰に潜んでいないか念入りに探し回っていたが、結局カザマキを見つける事は出来なかった。
「俺、単なる馬鹿じゃねーか。」
 そう言う猛に、刑事課長は、彼の背中を優しく叩きながら言った。
「いや、今、署から連絡が入ったが、君のお陰でお父さんも一命を取り留めたそうだ。犯人も車から特定出来た。あとは俺たちに任せて、君は家に帰って休んだ方が良い。警察官が家まで送ってその後も警備するから安心して休んでくれ。」
 猛はその場にしゃがみ込んで、しばらく膝に顔を伏せた。 


【夢】 カザマキとサユメの想念戦

 サユメは涙を流しながらアキラを仰向けに寝かせ、また扉に向かって念を注いだ。
「死なないで……、んんーーっ!」
 サユメが体の底から激しく叫ぶ。すると、
《ガシャン!》
 扉の向こうで金属が叩かれる音がした
 そこへ、目覚めたヤブレオが隣の部屋から出てきた。サユメは走り寄り、ヤブレオの肩を掴んで叫んだ。
「ヤブレオ!アキラはどうなったの?死んじゃったの?ねえ!」
「落ち着いてくれ、サユメ、アキラはもち直した。今は集中治療室で治療を受けてるそうだ。やつなら必ず復活するから、俺たちが出来る事を精一杯やろう。」
 ヤブレオはサユメを元気づけるように言った。
「分かった。……あ、そう、閂が開いたの。」
「え?あんたがやったのか?凄げえ。じゃあ、扉を開けようぜ!」
 二人は扉の隙間に指を抉じ入れ渾身の力を込めた。
「なんで取手が無えんだよ、くそー!」
 すると扉はゆっくり開いて、ベッドに横たわるカザマキが見えた。
「指、痛!」
「やったね!」
「こんな奴、今ここで殺してやりたいところだ!」
 ヤブレオが吐き捨てた。
「私もそう思う。……とりあえず、途中で起きられても困るから、ベッドに優しく縛りつけちゃいましょ。」
「賛成。じゃあ俺、首担当ね、絞めすぎたらごめん。」
「あ、そう言えば、古いタイプの呪術士は、猿ぐつわ噛ませて指を縛れば、呪文と手印を封じられるから、最後に細かく縛るわね。」
 二人は、腰に常備している紐の全てを使い、術を使えないよう、蜘蛛の巣にかかった虫のようにカザマキをベッドに縛りつけた。
「じゃあ、私、これからカザマキの意識に潜って、何処に居るのかを突き止める努力をする。だから、ヤブレオはアキラを看てあげて。」
「ああ。何か分かったら教えてくれ。直ぐに向こうの世界に戻ってアマヒキに伝えるよ。」
 ヤブレオがアキラの元へ行くと、サユメはカザマキの顔に布を被せ、その額に手を当てて目を瞑った。

〈闇に漂う死の刺激に浸されて、命とその屍の上に、快楽の焔の幻は、現に生まれても、待ち構えた獣の牙によって時を絶たれる。しかし、追われる英雄の魂は、自惚れた獣の後姿に翳りを見つけ、その影の根元に正義の剣を突き刺す。死の淵から噴き出す汚泥は間もなく枯渇し、いずれ大地に根を張る安寧が訪れるだろう。〉
(光が見えない。海の中で聞こえる波は騒めいて、岸も底も分からず、光を探して闇雲に泳ぎ、冷たさも温かさも、重たさも軽さも、哀しみも喜びも何も無い海の中を彷徨い続ける)
 サユメの意識はカザマキの意識と繋がったが、その実体を隠した闇に彼女は彷徨っていた。
(更に深く潜らなければ、姿は見えない。このまま進めば自分の全てが闇に溶けそうで、帰る見込みも無い潜行に身を投じ、個が全になる恐れに弾かれる)
 サユメは深い海に涙を残し、光を混ぜ闇を溶かして、元の夢へと浮上する。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、出来ない。ごめんなさい。」
「大丈夫だ。君には急がせ過ぎた。」
「アキラ?良くなったのね?良かった。」
「大丈夫だ。何も心配要らない。」
「もう、行かないで、ここに居て、私のそばに。」
「そうは、いかないんだ。帰らなければ。もう二度と戻れない。」
「どうしたの?アキラ、どうしたの?」
「さようなら、サユメ、さようなら。」
「待って、行かないで、お願い!」
「もう二度と……」
「いやーっ!……」
〈底無しの闇に墜ち、無数の零が永遠に流れる川の傍らで、お前はいつまでも光を待ち続ける。お前の光を待ち続ける〉
(光は要らない。光はあるべきところにあれば良し、私はただ、その光を生み出す糧の欠片になりさえすれば良い)
 墜ちていく先に光の中は無くとも、サユメは一つの光のために突き進む。
 闇は反転して真っ白になり、無は無限に変わる。足を置いた点から時は始まり、形に厚みがあり、色があり、そして、匂いがあり……
 線香の漂う狭い居間で、老人は蝋燭の炎を掌で仰ぎ消し、りんを叩いて手を合わせる。亡くした人は戻らず、欠落した部分はそのまま哀しみを注ぐ淵となって満たされて、深く刻まれた皺に流れ、大地を削って川は這う。幾つもの川が合わさったあとは、輝く海に注がれて、陽の光によって空へと全て忘れて行く。
 サユメは何度も川になり、風になって、ようやくカザマキの側に辿り着き、そして老人の耳に優しく囁いた。

 サユメは部屋に戻っていた。そばにアマヒキが寄り添っている。
「サユメ、大丈夫?随分うなされていたわ。」
「私は大丈夫。アキラは?」
「サユメ、ここに居るよ。」
「良かった。回復したのね。」
 サユメはベッドに振り返り、カザマキの紐を解き始めた。
「もう大丈夫。」
「ちょっと待てよ、何で紐を解くんだ?」
 ヤブレオは、サユメが紐を解くのをやめさせようとした。
「もうこの人の呪縛は解けたの。」
「……どういう事か分からんが……あんたがそう言うなら」
 ヤブレオはサユメの行動を見守った。すると、カザマキは目を覚まし、起き上がってサユメに言った。
「ありがとう、あんたが私の呪縛を解いてくれたんだね。そしてアキラ君、本当に済まなかった。私を殺してくれても構わない。どうぞ、君の気の済むように。」
「確かに、あんた国家反逆罪だからな、裁判を受けてもらうよ。」とアキラ。
「はい、然るべき罰をお受けします。ああ、それにアマヒキさん、私は向こうで自首します。大変お騒がせいたしました。」

 数週間の後、タイコウ国の王は、アラタ国へと出向き、国王に謝罪した後、要塞と街を撤去し、大陸へと戻った。カザマキはアラタ国の裁判で情状酌量により故郷での謹慎となった。
 アキラは毎日夢を見る。世界から戦がなくなり、人々全てが互いに労り合い、喜び合う世の中になる事を。


ーーー終わり
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