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2018年04月12日09:45

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短編小説『夜戯城にて』

【一】合コン

 人生で初めて合コンというものに誘われた。幹事は社内でもトップのイケメン川崎。彼にしては珍しいことだが、その数週間前に女に振られてしまっていた。それからというもの、彼は殆ど誰とも口を利くことがなかったのだが、突然彼から電話がかかる。その日の昼間の陰気ぶりとは全く違ういつも通りのハイテンションな声だった。
「やあ、ひっさしぶり、元気かい?ちょっといい?」
「夕方まで一緒だったじゃないか。で、何だ?」
 彼のハイテンションには慣れっこだが、突然の変わり様に私は驚き、少々心配して冗談を挟まず、すぐさま要件を訊いた。
「いやいや、こういう事訊くのも申し訳ないんだが、君って彼女居ないよね?いや、ホント気を悪くしないでね、君がモテるとかモテないとかそういう話じゃなくって、」
「そんな事分かってるよ。お前って失言が超多いけど誰も恨んじゃいないよ。で?女でも紹介してくれるのか?」
 彼はイケメンだが、早口の割にまとめるのが下手な分、要件を伝えるのにかなりの時間を要する。そこで大概の友人は話の途中で口を挟むことになるのだ。
「ああ、そうか、やっぱり僕って馬鹿なのかなぁ、」
「んな事ないよ。そんな事気にしないでいいから、何の話?」
 私はいつもより優しい言葉を選んで対応した。
「あ、そうか。君、彼女居ないよね?」
「(何度も訊くなよ)居ない。」
「じゃあ、合コンのメンバーになってくれないか?あと一人で四対四なんだよ。ね?」
 数秒の間沈黙が続き、彼は心配そうに訊く。
「あ、マズイ?」
「いやあ、そうじゃないんだ。」
 川崎主催の合コンとなれば、他の三人は九十九パーセント彼の引き立て役に回る。あとは僅か一パーセントの、彼には少々不得意なアダルトな魅力に賭けるしかない。しかし、彼は意外なことに女の前ではシャイで言葉少なになって、女は彼がアダルトな男と勘違いする可能性がある。そうなれば結局三人の勝ち目は無い。
「ごめんね、気を悪くしただろう?」
 彼のトーンが下がる。
「あ、いや、そうじゃないんだ。」
 しかし、私もモテない君というわけでもなく、過去、カッコいいと言ってくれる女も居た。初対面の女と一緒に飲めるだけでも楽しいかもしれない。そう思うと初めての合コンに参加したくなった。彼は恐る恐る訊いてくる。
「どう、す、る?」
「行くよ。」
「マジ?やったー!嬉しいー、君が居てくれると心強いよ。よっしゃー、頑張るぞー!アルマーニ着て行こー。」
「マジかい。」

 やはり、勝ち目は無かった。女どもは皆、川崎を質問攻めにして、僅かでも共通点があると黄色い声と拍手のお囃子、中には足を踏み鳴らして猪突猛進様の女も居た。最後には女四人、川崎の前後左右を取り囲み、彼を何処かへ拉致して消えて行った。川崎の戸惑いと喜びと申し訳なさの入り混じった顔の印象だけが残り香のように取り残された三人の脳裏を漂うことになった。
 川崎以外の二人の男達と私とは面識が無かった。一人が少々ふてくされて早々に帰ってしまった後、残ったインテリ風の眼鏡男が私に話しかけてきた。
「ま、予想通りです。彼は大学の時から本人の意に反して女の子を独り占めにしてきましたから。僕はいつの頃からか、彼が楽しく過ごせればそれでいいかな、って思うようになったので良いのですが。えっと、私は坂元といいます、」
 三人の男達は合コン中殆ど名前を呼ばれなかったので互いの名前を気にも留めていなかった。
「ああ、俺は社会人になってからの同僚で吉月。俺も川崎にはいつも明るく居て欲しいから、結局何でも許しちゃう感じだな。」
 坂元は身長一六五センチくらいの細身で色白。シャープな顔立ちの割に笑顔に屈託がない。
「結局、川崎君は男の人にも好かれる、八方美人ならぬ十六方イケメンってところでしょうか。」
 更に笑顔でいっぱいになる坂元に私は親近感が湧いた。
「なんだか阿修羅像を想像するなあ。あの顔の仏像が見つかったら即国宝だな。しかし笑える。」
「川崎君の仏像を売出したら結構売れるかもしれませんね。」
 二人は数分前に会話を始めたとは思えないほど意気投合した。
「このまま寂しく帰るのもなんですし、ネットで見つけた怪しい店にこれから行ってみませんか?一人で行く勇気もないので、吉月さん、どうです?」
 彼のお願いポーズは少々芝居がかっていて妙に笑えた。
「え、何?淫乱な感じ?どぎついのはやめてね、俺、こう見えても真面目な方だからさあ。」
「あ、そっちじゃなくって、カルト教団的雰囲気がライブハウス風に味わえる店のようで、BGMもバロック音楽からヘビメタまでとても巧みにアレンジされて流れているらしいんですよ。」
「ああ、なんだか面白そう。行こう!」
 その店は、合コンの店から数百メートル離れたビルの地下三階にあるということなので、二人は徒歩で向かうことにした。桜が咲くにはまだ少し早い季節。私は肌寒い路地を肩をすぼめて歩いた。
「結構寒いな。アルコールが足りてないみたいだ。」
「あれ?風邪ひきました?今インフルエンザが流行ってるから気をつけないといけませんね。」
 坂元はそう言って私の背中に手を当て撫でた。
「大丈夫だよ。すぐそこでしょ?」
 そうは言ったものの、早く暖房の利いた部屋に入りたいと思った。


【二】夜戯城

 目的のビルに着くと、早速地下へと向かう。階段を降りるほどに照明が暗くなり、足元に気を配りながら下りて行く。濃い影を作る木製の壁は古い洋館の重厚さを醸していて、店に入る前から妖しい雰囲気を十分に味わうことが出来た。 
 地下二階を過ぎた辺りで、壁の向こうから緊張感のある混声合唱が聴こえて来た。しかし、どこか恐ろしさが混じっている。
「おお、渋!映画の世界に入って行く感じだね。」
「初っ端からとんでもないですね、モーツァルトのレクイエムを多分ヘビメタ歌手がオーバーダビングしてますよ。これは当たりですね。なんだかもう涙出そうです。」
 坂元は感動しまくって落ち着かない様子。彫りの深い壁を触ったり、照明がロウソクの灯りに変わったことに気づいて、彼の視線は私の顔と燭台を何度も行き来した。
 地下三階に着くと、真正面の壁に突き出た山羊の頭部が、来訪者を拒むように睨んでいた。
「これ、本物でしょうか、毛並みが綺麗ですが身の毛もよだつ眼光ですね。それにこの、西洋の城にありそうな牢獄の扉みたいな作りですが、はっ!」
 坂元が言い終わる前に、いくつかの閂(かんぬき)が外れる音がして、重厚な木製扉が軋みながら開いた。現れたのは深いフードを被った黒装束。手に持った燭台の光に鼻の頭が薄っすらと見えるくらいの演出の徹底ぶりに二人は息を飲んで黙り込んだ。
「宣教師の方々ですね。人数は決まっていないと仰っていた方ですか?」
 隣を見ると蝋燭に照らされた坂元の顔が凍りついている。
「坂元?予約の電話でもしてたのか?」
「は?あ、ああ、そうそう、はい、えっと、二人になりましたが、宜しいでしょうか。」
 坂元は慌てていて、少々声が裏返った。
「歓迎致します。夜戯城には幾つかの掟(おきて)がございますが、ご承知ですか?」
 私は再び坂元の顔を覗き込んだ。
「はい、とらない、逃げない、ですね?」
 驚いて私は訊き返した。
「逃げない?どういう事だ?」
 すると黒装束の男が答える。
「一時間のミサの間は、撮影や録音の禁止、そして中途退店はしないという事です。ご準備が出来ていらっしゃればもうすぐ始まりますので、私に続いてどうぞ中へ。」
 二人は顔を見合わせて頷き、暗い店内に入った。

 管弦楽にハスキーでシャープな合唱が合わさったレクイエムが流れている。暗い店内を男の輪郭を頼りに進んで行くと、目が慣れたのか、天井の低い空間に薄っすらと大勢の後頭部が見える。しかし、話し声が全く聞こえない。会社の面接の時でさえこれほどの緊張感はなかった。
「こちらに並んでお掛け下さい。目の前の飲み物は幾らでもお注ぎいたしますので、係が通った際にお申し付け下さい。では、私はこれで。」
 おそらく一番後ろの席に案内され、二人は横に並んで腰掛けた。テーブルと椅子は、大学の講義室のような作りになっているが、幾分テーブルの奥行きがある。奥の方には蓋のついた三つのカップが置かれてあり、匂いを嗅いでみると、ワインとビールとウィスキーだった。ここで初めてBARである事を感じ、少々安堵した。坂元が音楽に紛れて耳打ちしてくる。
「想像以上の雰囲気に心地よく痺れてます。吉月さんはどうですか?」
 彼の息は既にワインの匂いがした。私もビールを一気に空けて彼に答えた。
「んー、ちびりかけた。いやいや、冗談だけど。しかし俺達、宣教師だってよ。なかなか良い戦略だな。クチコミでここまで集めてるんだね。」
 そう言って周りを見渡すが、後頭部はどれも恐ろしいくらいに微動だにしない。人形ではないかと、ちょっとした疑いの念から前の席の背中に、偶然を装って指を当ててみた。
「ああ、失礼。」と見た顔は、目を見開いて驚愕の表情。小刻みに私を二度見して、また硬直した動きで前に向き直った。数秒後に猛烈な可笑しさがこみ上げてきて、笑いを必死に抑えながら坂元を見ると、彼の眉は天辺まで上がり、頬は破れそうなほど膨れ上がっていた。二人は互いの表情に我慢できず、同時に吹き出してしまった。しかしやはり皆に動きはない。


【三】ミサ

 BGMがフェイドアウトしていくと、燭台を持った黒装束の二人が前の扉から入って来て、壁の燭台に火を移して回った。すると室内は徐々に明るくなり、室内はざわめき始めた。闇に隠されていた壁面の凹凸が露わになったのだ。そこには、髑髏(しゃれこうべ)が隙間なく嵌め込まれてあり、無数の黒い眼窩(がんか)がこちらを向いていた。
「いずれ誰もが骨を脱ぎ、闇に自由を手に入れるのだ。何も恐れる事はない。」
 そう言いながら入って来た三人目は深い紫色の装束で、おそらく彼が司祭。壇上に上がって背もたれの高い椅子に座ると話を続けた。
「巨大な墓石が林立する谷間で、限りある命を割いて茨の道を歩み行く敬虔な山羊達よ、自ら仕立てた偽善の檻に閉じ込められた者達の下で、内なる頑強な仮面を纏いながら、光に惑わされることなく、無限の闇を目指して空蝉の時を切り抜けよ。そして秘めたる気高き魂を永遠の闇に解放せよ。骨は奴らに幾らでも縛らせてやるが良い。ーー我が夜戯教団の宣教師の諸君、よくぞ戻られた。これより聖餐を行う。我が魂を注入したワインとパンを食しなさい。また今日が初めての者はこれを持って洗礼を兼ねるものとする。」
 司祭の話が終わると、黒装束の男達は客を順番に聖餐へと向かわせた。私達の番になると、坂元は素早く立ち上がって振り返り、私に向かって小声で言った。
「どんな味がするんだろう。」
 坂元が女なら、私は恋をしていたかもしれない。それほどに彼は無邪気な仕草だった。聖餐には恋人に見せるような目で望み、これほどに旨い物は無いという表情を見せた。席に戻り、
「で、お味の方は?」と私が彼の雰囲気に感化されて笑顔で訊くと、
「んん、美味しかったあ。」と言ったあと、小声で、
「吉月君が彼氏だったら良いのに。」と言ったように聞こえたので、彼に訊き返した。
「え?何て言った?」すると、
「いえいえ、何でもない。」と彼は言った。
 それから私は、彼が本当は何と言ったかを考えていた。しかしいくら聞き違えを考えてみても答えは出なかった。
(やはり、)と思ったところで、突然シンバルや管楽器奏者が大音響で演奏しながら入場し弦楽奏者が激しく弓を引きながら続いた。
 すると坂元が雷に打たれたように仰け反り、天井に向かって叫んだ。
「巨人だ、巨人だあ!ああ、」
 彼は体を小刻みに震わせ、口から泡を吹きながら向こう側へ崩れた。
「坂元!どうしたexclamation & questionおい、大丈夫か?」
 私が彼の元に寄り声をかけていると、黒装束の男達が素早く歩み寄り、彼を抱えながら私に言った。
「大丈夫です。感動されて失神なさったようですが、ここではよくある事です。すぐに良くなりますから、どうぞご心配なく。」
 そして男達は彼を脇の扉へと連れ出した。私は坂元の事が心配だったが、彼らがよくある事だと言っていたので、彼らに任せることにして、前にある水割りを一気に飲み干した。グラスを勢いよくテーブルに置いたと同時に、前の扉が開き、一人が小走りでこちらにやって来る。私はすぐさま立ち上がり、男の元に寄った。
「どうした?」
 男はこれまでにない神妙な顔で言う。
「お連れ様の心臓が止まっていて、心臓マッサージを施しております。救急車は呼んでありますから、こちらへ。」


【四】坂元

 店の奥の非常階段に繋がる廊下に、彼は横たわっていた。人形のように心臓マッサージを受けている坂元をしゃがみ込んで見守っていると、床にぽたぽたと私の涙が落ちていることに気づいた。
「坂元!馬鹿野郎。」
 私はそう吐いて、彼の唇に口づけした。ごく自然な行為に思えた。しかし、男が驚いて心臓マッサージをやめている事に気づいて私は我に帰った。自分で自分が信じられなかった。ただ、今日初めて会っただけの彼が不憫でしようがなかった。
「すみません、マッサージ、続けてもらえますか?」
 私は恥ずかしさを紛らわせる為に、男に早口で言った。
「あ、ああ、そうですね、ん?」
 男は坂元の息を確かめると私に告げた。
「息してます、息をしてますよ!ーー心臓も動いてます。ああ、やったぁ。」
「良かった、ありがとう、本当に良かった。坂元?」
 私が呼びかけると、彼は目を開け私を見て少しだけ笑った。丁度その時救急隊が到着して、私は彼に付き添い、救急車に乗った。

 病院に着いて一通りの精密検査が終わると、坂元はしばらく入院して心臓病の治療をすることになり病棟の個室に落ち着いた。
「お前、死んだかと思ったよ。あの店で泡吹いて倒れられたらオカルトそのものだよ。」
 まだ少々朦朧としているのか、彼は虚ろな目を向け、そしてベッドの上に乗せていた私の手を握って言った。
「夢を見てた。私が泥沼に沈んで行くところを吉月さんが抱き上げて救ってくれたの。ねえ、私の彼氏になって。」
 彼の目に涙が溜まっている。
「は?やっぱりゲイなの?ちょっと、待って、」と私は自分の手を遠退け続けた。
「心臓マッサージしてくれたのは、店の人だよ。俺はキス、あ、いや、あの、」
 口が滑った。
「え?嘘ーおっ!キスしてくれたの?えーっ!どうして?いや、信じられない。」
「あのな、人工呼吸って知ってるか?って言うより真面目な話、俺、超女好きだから。だから、もう期待しない方がいいぞ。」
 坂元は少し残念そうな顔をして、前の話し方に戻った。
「そりゃそうですよね、でも人工呼吸してくれてありがとうございます。他人には内緒にしてて下さいね。ゲイだと知ったら見る目が違ってくる人いるので。そういうのは耐えられないから。」
「ああ、誰にも言わないよ。」
「吉月さん、」
 深刻な顔をした彼の声は遠慮がちに発せられた。
「何?」
「吉月さん、彼氏になってって、もう言わないから、吉月さんの前では女でいていいですか?それとも、やっぱり気持ち悪いですか?」
「坂元は坂元だよ。実際、今日会ったばかりだよ。初日から知ってるんだから、ん〜、上手く言えないが何の問題もないさ。」
「吉月さんって素敵。私のメシアよ。」
 坂元は照れ隠しに頭から毛布を被った。


【五】ラストへ

 それから五年の月日が流れたが、彼とは毎週のように会っている。恋人同士ではないが、彼と一緒にいるのは自然で心地良い。勿論、女に興味が大有りだが、ずっとこのままでいるのも悪くない。坂元の姿が女だったら、私は恋をするのだろうか。その問題については、とりあえず考えないようにしている。
 思い出した。夜戯城に金を払っていなかった。これも考えないようにした方が良いだろうか。



 
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