たぶん11月初旬のうちにシネマe-ra浜松で観たのだが、忙しさに紛れ書くことができずにいた。
監督はポール･ヴァ―ホーヴェン。
過去に『トータル･リコール』(1990)や『氷の微笑』(1992)などのヒット作を作っているが、残念ながら私は観ていない。
主役はイザベル･ユペール。
この映画は、ヴァーホーヴェンの、と言うより、イザベル･ユペールの、と言った方がずっとしっくりする。ユペールなくしてこの映画はできなかったろう。怖ろしいまでの怪演である。
セザール賞では、主演女優賞と作品賞を獲得した。他、受賞多数。
題の仏語「エル ELLE」は言うまでもなく、英語の「SHE」だが、ユペールの名イザベルIsabelleの中にも「elle」がある。
ヴァ―ホーヴェンがどの事前段階で「ELLE」をユペールに演じさせようと決心したのかは知らない。
最初はアメリカで、英語で製作するつもりだったらしい、ハリウッドの名の売れた女優を様々検討したようだ。が、アメリカの女優らは全員この役に当ることを断わってきた。
しかし、原作『Oh…』を書いたフランスの作家フィリップ･ディジャンは、これを執筆している最中に度々イザベル･ユペールを想い浮かべたと言っている。ユペールは、長い女優歴の中で、女性の、またモラルの限界を繰り返し飛び越えてきた。
ヴァ―ホーヴェンは随分遠回りをして、結局ユペールにこの役を任せることになったのである。
イザベルの中に、「ELLE」は、はなから、まるでクサビのように打ち込まれていたと言っていいくらいだ。
冒頭、ある日の午後、ミシェルが独りで暮すパリ郊外の閑静な高級住宅に、突然黒いスキー帽をすっぽり被った男が忍び込み、彼女に暴力をふるいレイプする。その怖ろしさ。
ミシェルは手酷いケガを負い、犯人は逃亡する。彼女は、しかし、泣き喚くでもなく、散乱した部屋をひとり掃除し、バスに浸かる。
離婚した夫との間にできた息子が訪れ、傷を見て驚くが、本人は何でもないと答え、約束通り夕食を伴にする。
翌日は、いつも通り、自分が社長を務めるビデオゲーム製作会社に出勤。
警察には通報せず、自分で犯人を捜し出すつもりだ。
冒頭の事件のショックと、その後の日常の静けさが対比され、ミシェルの尋常ならざる性格が浮き彫りになる。
一般的な映画において、レイプ事件となれば、被害を蒙むるのは女性で、彼女がどん底に突き落される様を描く。
ミシェルはそうした旧弊に生きる人ではない。女性蔑視の構図を突き抜けている。
自分の境遇を嘆かず、自分で犯人探しを始め、周囲の男たちに探りを入れていく。
別れた元夫、会社の共同経営者でもある友人の夫、彼とは大分前から不倫の関係にある。社内には、魅惑されつつ、遠慮せず発言する彼女を快く思わない男性社員もいる。また、80歳を越えた母親に言い寄る若い男。などなど、疑いだすと切りがない。
友人たちとのディナーの場で、ミシェルは淡々とレイプされた事実を話す。うろたえる男ども。
かねがね気になっていた向かいの夫婦に近寄り、会食中に、そのセクシーな夫を誘惑しさえする。
そして、犯人と称する人物からメールが届く。それによると、犯人がたった今もミシェルを視ているいるらしい。
彼女は怖じず、防護スプレーを買い、射撃の練習さえする。
母親が死ぬと、ミシェルはその遺灰を墓地の丘の上で撒いてしまう。
息子と新しい彼女の間にできた子は肌の色が違うが、息子はあくまで自分の子だと言い張る。
映画は、それらの訳を一切説明しない。
観客は、何とか彼女の発言や行動の意味を探ろうとするものの、先のことは全く読めない。
そして、第2の犯行が起こる。
ユペールは1952年生まれ。この映画が作られた時63歳だった。
ユペールはこの作品で、またまた軽々と向うへと飛び越えていった。
世の中が彼女に就いていける日は大分先になるだろう。
監督 ポール･ヴァ―ホーヴェン
原作 フィリップ･ディジャン『Oh…』(早川文庫は映画と同題になった。)
脚本 デヴィッド･パーク
撮影 ステファーヌ･フォンテーヌ
編集 ヨープ･テル･ブルフ
美術 ロラン･オット
音楽 アン･ダッドリー
出演 イザベル･ユペール,ロラン･ラフィット,アンヌ･コンシニ,シャルル･ベルリング,ジュディット･マーグル 他
受賞 ゴールデン･グローブ賞主演女優賞/外国語映画賞、セザール賞作品賞/主演女優賞、全米映画批評家協会賞主演女優賞、他多数
2016年/フランス
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