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2017年05月13日14:03

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短編小説『高知脳カラス』

『高知脳カラス』


〈ぼくは、タケシ君と工場地帯の、ヒミツ基地に行きました。タケシ君が入って行ったらぼくが入ったら、突然コンクリートが落ちて入口が閉まりました。ビックリしましたけど出られませんでした。ぼくとタケシ君は泣きました。……〉

 小学校の教室は少年達にとって封建社会そのものだった。大抵下克上は許されず、頑丈な身分制度の元に理不尽な秩序が保たれていた。
 当時、私はいつも猛と行動を共にしていたが、私の作文が元で、二人は教室の皆から「嘘つき」と呼ばれ、担任の教師も事実だと信じる事はなかった。
「面白く書けたな。上手いぞ。《小説》というのがあってな、お前の作文は、その小説だ。小説では、人が空を飛んだり、恐竜の世界に行ったり出来るんだ。だから、お前は良い小説を書いたという訳だ。大事に取っておくといいぞ。」
 その作文が、引越しの荷物整理をしている今出て来たのだが、読んでみると、稚拙な文ではあるが、嘘は一つも無い。

 当時、私達が秘密基地と呼んでいた空間は、建て替えの為に一時放置された工場の、隅に置かれた瓦礫の山の隙間に出来ていた。私達は、帰りの会が終わると直ぐに学校を飛び出し、コウモリ傘をライフルに変え、見えない敵を撃ちながら、走って秘密基地へと向かったものだ。猛が、自分はナチスドイツ軍の兵士だと言うので、私は日本軍の兵士だから、同盟を結んで行動するのは当たり前の事だった。

 ある日、作文に書いた事が起こった。いつもの様にランドセルに傷を付けながら二人が瓦礫に潜ると、その振動のせいか、瓦礫の蓋が大きくずれ、出られなくなってしまった。中は隙間だらけで暗くは無いのだが、じわじわ恐怖が込み上がり、申し合わせた様に二人は泣き出して父や母を呼び叫んだ。しかし、そこは誰もいない廃工場。声が届く筈がない。ひとしきり泣いた後、二人は泣き疲れて眠った。
 一時間ほど経ったのだろうか、外で音がするので覗いてみると、烏が何かを探す様に不器用に足を進めなが歩いていた。私は音を立てない様に猛を起こして言った。
「猛、烏が来とう。あれ使えるんやないん?」
「あ?何で?デンシャバトじゃないのに無理やろ。オレたちはここで死ぬんっちゃ。無理、無理。」
 猛は諦めた様子だったが、私は助かると妙に確信していた。
「烏は頭が良いっち言うやろ?転校してくる前の家で、烏がぼくに《バカ!》って言ったんよ。絶対あれ頭良いっちゃ。」
「そんなわけないやろ。烏は《カー》っち決まっとうと。」
「違うっちゃ、《アホー》ちも鳴くんばい。」
「うるせえ、それはアキラがバカやけやろう。」
「きさん、ふざけんなっちゃ。」
 取っ組み合いの喧嘩が始まったが、場所が狭くて思う様に動けず、コンクリートに腕をぶつけて痛い。結局馬鹿らしくなってやめた。烏はいなくなっていた。

「なんか手紙書いて外に飛ばしたら良いんやないん?」
 猛が言った言葉に私は閃いた。
「あ、そうよ猛、手紙を書けば良いんよ。烏に。」
「バカやないん。バッカじゃないん。アホやないとう?」
「ああ、もうどっちでも良いっちゃ。猛は誰かに手紙書きい。ぼくは烏に手紙書くけ。マジック貸して。」
 早速、二人の手紙作戦が始まった。二人はノートをちぎり、私は烏宛にマジックで貼り紙を。猛は人宛に手紙飛行機を作った。そして猛は飛行機を飛ばし、私がセロハンテープで鉄骨に貼り付けると、ため息をついて猛に訊いてみた。
「猛は何ち書いたん。」
「えっと、助けてって。」
「他には?」
「もう良いやん。」
「良くないっちゃ。」
「ここから出して、っち書いた。」
 怪しい、とその時思った。
「ここって、どこ。」
「ここよ。今おるやん、分からんと?バカやないん。じゃあ、アキラは何ち書いたんかっちゃ。」
「ぼくは烏が読める様に漢字を使わんかったんやけどね、《カラスさん、ここからだしてください。おれいにタマゴをあげます》っち書いたばい。」
「オレとおんなじやん。」
「おんなじやないっちゃ。」
 猛が紙飛行機を飛ばす前に検閲をしなかった私も馬鹿だが、その時猛の手紙を諦めて烏に賭けた私も、今考えればとんでもない。

 辺りの様子を伺うために私は入口に顔を寄せた。すると、烏が目の前に居て、じっと私の方を見ていた。転校前に遭遇した《バカ》烏が、母の指を嘴で突いて怪我をさせた事を、私は知っていたので、目を突かれるのではないかと恐ろしくて、緊張したままゆっくり後退りしながら、口を小さく開けて小声で猛に言った。
「とぅけし、クルスがきとぅ。」
「何ん?それ、英語?またオレが分からんと思ってから。」
「カ、ラ、ス、」
「あ、」
 猛にも見えたらしく、二人はじっとしてそのまま静かに見守った。と言うより、怖くて動けなかった。烏は空間をキョロキョロと見回した後、飛び降りると、地面の砂を足で掻いた。すると、塞いでいたゴミが取れ、子供が通れるくらいの隙間が出来た。そして烏は出て行く時に一度だけ鳴いた。
「バーカ。」

 それからというもの、烏が私を見ていると、私は冷蔵庫から卵を持ちだして、玄関先に置く事にしている。



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