「それにしてもなんであいつらが引いたんだ?」
閉じられた扉の前に立つ。
扉の向こう側は静かだった。 まるで誰も居ないかのように。
「んっ? なんだこの臭い」
山の風の香りの中にほのかに別の臭いがする。 どこかで嗅いだような気がするそれは扉の隙間から漏れているように思えた。
臭いの正体を探ろうと扉に手をかけると、誰かが乱暴に肩に手を置いた。
「やめておけ…お前みたいな奴が見るもんじゃない」
修二が無表情で俺を止める。
その表情は出会ったときのように妙にギラギラとしていて、有無を言わせない雰囲気があった。
「そうそう、せっかく助かったんだから無駄に知ることは無いぜ」
芳樹さんも同じように肩に手を置き、強引に俺をその場から引き離す。
「お〜い、キーの付いてる車あったからそろそろ行こうよ〜」
少し離れたところで洋子さんの声が聞こえる。 それに同意するように白音の声も。
「乗っていった車は適当な駐車場にでも置いておいてくれ、後で取りに行く。それと…」
「うん、なにかにゃ〜、親友との別れを惜しむのならもう少しだけ付き合ってもいいぞ〜」
軽口の答えは吐き捨てるような舌打ちだった。
「違えよ、お前らが持ってきた物はあのおっぱいでかい姉ちゃんに渡してあるから、忘れずにもっていけよ、始末する時に見つかると厄介なんでな」
「冷たいぜ〜修ちゃん、俺達もうマ・ブ・ダ・チだろう?大きな秘密を共有して共同作業もしてるんだぜ」
その言葉に修二の顔が歪んだ。
「ちっ、もう二度と会いたくねえよ、お前みたいな化け物とはな…早く行け!」
追い払われるように俺と芳樹さんは洋子さんが見つけた車へと乗り込む。
運転席には芳樹さん、そして当たり前のように助手席には洋子さんが乗り、そして後部座席には大事そうに『ミドリ』を入れたバッグを抱えた白音が座っている。
「んじゃま…行きますか」
車は一度目とは反比例するように穏やかに山を降りていく。
少し前までの修羅場など嘘のように山の中は静かだ。
窓を開けると木々の緑から発する香りが車内に広がっていく。
「さてと…帰ったら祝杯…じゃなくて祝煙を上げないとな、明さんが丹精込めた大事な『ミドリ』ちゃんも喜ぶだろうよ。お前らも…」
「いえ、自分達は帰ります。それと緑遊会も辞めます」
答えは思っていた以上にあっさりとしたものだった。
「そうかい、それはしょうがねえな…別れは寂しいけれど去るものは追わず、来るものは面接を通れば構わずだ」
底抜けに明るい芳樹さんの答えにホッとする。
だが不思議なことにそれでもこの決断を彼は認めてくれる気はしていた。
横では散々な目にあっても図太く涎を垂らして寝ている俺の『彼女』のその細い手からは名残を惜しむように『ミドリ』の香りが香ってくる。
きっとこの夜のことを俺は生涯忘れないだろう。
そう俺が彼女と別れないことを決めた夜のことを。
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