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2016年08月10日03:00

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 小説 『次の停車駅は月です』



 汽車の外側では星が瞬いている。 

 もう夜中だというのにまるで線路を縁取ったような星明りで僕らの住む町が見える。

 車内は淡く青白い月に照らされてほのかに明るくて、彼女は窓際に頬杖をつきながら外を見ている。

 ボンヤリと月光に照らされた彼女の横顔。 それだけでいつまでも見ていたくなるほどに美しい。

 不思議だ。 あんなに明るくて僕たちを照らしてくれている日の光よりも今日はさらに綺麗にみえるなんて。

 汽車は時たま『ボー』と白雲のような煙を吐いて、汽車の軌跡をなぞる様に夜空に浮かんでいる。

『次の停車駅は月です。お降りの方、忘れ物にご注意してください』

 無機質な車掌の声も今夜はとてもロマンチックに思えてしまう。

「降りようか」

「うん、そうだね」

 静かに君が呟くので僕も同じように呟く、そして同時に汽車は月へと停車した。

「とてもいい月夜ね」

 ふわふわと霧のような外観の雲で出来たプラットフォームを降りて、開口一番に彼女は言った。

「そうだね、近くで見るとあんなに大きいなんて」

 やや頓珍漢な僕の答えに彼女は少しだけ瞳を大きくした後、静かに

「そうね…手が届かないからこそ美しいなんてもはや死語よね」

 白くて淡い、まるで綿菓子のような地面に立ちながら僕たちはすぐそばに存在している月を見る。

 月は丸を半分に切りそろえた形状でやや黄色がかった光を優しく放っている。

 虫の声も街のざわめきも聞こえない。 優しい無音の世界。 

 汽車はとうにここから離れていて遠くでかすかな汽笛とボンヤリとした帯状の白煙を残しながら走っている。

「ねえ、踊りましょうか?」

「ああ、そうだね」

 唐突な彼女の願いもここでは当たり前のように聞こえた。 

 僕は優しく彼女の手を取る。 彼女も柔らかな指を伸ばして僕の手を握る。

 白雲のプラットフォーム。 誰も居ない場所。 風だけの無音の世界。 

 星の光に周囲を照らされたステージの上で僕らはゆっくりと踊り始めた。

 ただ月だけが僕らを見ていた。
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