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2016年07月03日23:23

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【企画】夜の小説〜part3『宇佐戯物語』

【企画】夜の小説
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part3
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『宇佐戯物語』



口元に当たる冷たさに目を開けると、私は薄暗い玄関に倒れていることを知った。息子家族は隣町の温泉街に泊り込み。老人は一人お留守番である。しかし何故こんな冷たい所にいるのかと考えていると、暫くして思い出して詠める。

 トイレにと思ったところへ電話鳴り
       慌てたあげくの階段落ちよ

「そうか、」と、老体を起こそうとして腕に力を入れると、痛みが無いどころか、勢い余ってピョンと立つ。「おや?」と足元を見れば、なんと!私は白い着ぐるみを着ている。どういう事かと玄関の姿見に映そうとしても、あんな高い位置に。いくらなんでも自分が小さくなっている事にそろそろ気づいてもいい頃である。とんでもない事が起こっていると認識すれば、老いのため歩くことさえ難しかった体が驚きとちょっぴりの喜びでピョンピョン跳ねる。気をとりなおして詠める。

 このままで気を取り直せる筈もない
      しかし我が耳羽ばたいている

 小動物に変身したせいか、思考が次々と入れ替わる。
「裏山にメスウサギ居るかなあ。」
と、ウサギのつもりで鳴いてみたのだが、ウサギの鳴き声など知らず、人間の子供の声で呟いた事に自分で驚いてしまった。しかし、
「そうだ!」
と、手を打つ。否、前足を打つ。思考が安易な方向に走りはじめている。
「可愛い声で喋るウサギなら、テレビでガッポリ儲かるぞう。」
私は居間に戻ってスマホを前足で操作し、親友の坂本に電話をかけた。
「どうした?こんな夜中に。」
精一杯低い声を出してみる。
「あにょね、ぼくね、」
ダメだ。どうしても幼児声になってしまう。
「そうだ!」
と、またも前足を打ち「バイバイ」と電話を切った。
メールなら問題はない筈だと打ちはじめるのだが、ウサギの指ではかなり難しい。 はたから見える自分の姿を想像すると可愛い過ぎて馬鹿らしくて諦めた。そこにスマホが鳴り、驚いて暴れた拍子に花瓶を倒し、更にスマホが床に落ちて割れてしまってびしょ濡れ。そして詠める。

 歳経れば得たもの有れば失せるもの
     失せるもの有れば得るものも有り

 急に逃げ出したくなった。しかしどの扉もウサギには開けられない。半狂乱で廊下を駆け回り、柱やタンスに体をぶつけまくってタンコブ血だらけ抜け毛の嵐。
「嗚呼!」
と、泣きたくなった時、壊れたスマホを見てやっとの思いでひらめいた。ガラスを割れば良いのだ。
「ウサギのくせにやるじゃあねぇか。」
と見栄を切る。金槌は、と探せば、いい塩梅に息子のゴルフクラブが立ててある。ヒョイと飛び乗ってバッグを蹴り倒し、慣れた手つきで選び出すアイアン。ガラスを眺めながら詠める。

 円熟の我が月影のスイングに
       酔いしれながら崩れ去られい

燃える様な血眼に冷ややかな月光をあてて、
「いざ!」
颯爽とグリップの端を咥えて
「(トルネードー)!」
月夜の空は、無数の流星に満たされた。
「私はとうとう自由の身になれるのだ!」


 庭に脱出してふと、門の辺りに目をやれば、温泉街に行った筈の我が息子が立っている。よく見ると五十をとうに過ぎた男が涙を流しながらこちらを見ている。
「ごめんよ、父さん。置き去りにして。」
息子はウサギを見分ける能力を備えている様だ。そして私を抱きかかえ、声を上げて泣き出したのだ。
「わしの方こそすまん。スマホを壊してしまった。」


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